「顧客本位の業務運営に関する原則」をめぐる最近の動きについて考える

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2023年02月20日

国民の安定的な資産形成を図るためには、金融商品の販売、助言、商品開発、資産管理、運用等を行う全ての金融事業者が、インベストメント・チェーンにおけるそれぞれの役割を認識し、顧客本位の業務運営に努めることが重要となる。この観点から、金融庁は2017年に「顧客本位の業務運営に関する原則」(以下「原則」とする)を策定し、金融事業者にその受入れを呼び掛け、顧客本位の業務運営の確立に向けた取組みを促してきた。それから6年近くが経過した現在、金融庁はそうした取組みがなお道半ばであるとの認識に立ち、この問題に対する当局の関与を強めているようにみえる。

金融庁の金融審議会では、昨年秋以降、「顧客本位タスクフォース」と称する新しい審議の場が設けられ、昨年末には、「原則」の中のいくつかの規定、すなわち、顧客の最善の利益の追求(原則2)や利益相反の可能性と手数料等についての情報開示(原則4、5)を法定化することが提言された。これを受けて、金融庁では、現在、法案化に向けた作業が進められている。また、金融監督の面においても、昨年夏に公表された金融庁の「2022事務年度 金融行政方針」で、金融事業者による顧客本位の業務運営に関するモニタリング、対話、検証を進めるとの記述がたびたび登場し、この問題に全庁を挙げて取り組む方針が示されている。

「原則」の策定はもともと、法令による義務付け等を通じた従来のルール・ベースの対応では、ルールが最低基準(ミニマム・スタンダード)となり、金融事業者による形式的・画一的な対応が助長される面があったとの認識に立つものであった。このため、「原則」の下ではプリンシプル・ベースの考え方が取られ、金融事業者は、「原則」を踏まえながらも自ら主体的に創意工夫を発揮し、ベスト・プラクティスを目指して顧客本位の業務運営を競い合い、より良い取組みを行うことによって顧客から選択されていくとのメカニズムを実現することが狙いとされた。そこでは、金融事業者が、当局ではなく顧客の方を向いて主体的に考えて行動することが重要となるはずである。

政府において「資産所得倍増プラン」が策定され、NISAの抜本的な拡充も図りながら国民の安定的な資産形成の実現が目指されている中で、顧客本位の業務運営に関する施策の強化を図ろうとする当局の思いも分からないではない。しかし、当局が関与を強めることで、結果として、金融事業者が従来にも増して当局の意向ばかりを気にして行動することとなれば、それは当初の狙いとは逆方向のものとなる。当局の行動が、明確なルールに基づかない不透明なものであると受け止められれば、日本市場における規制環境を悪化させることにもなりかねない。

こうした事態を避けるためには、当局が、例えば、金融事業者による金融商品の提供に何か問題を指摘する際にも、どういったことにどういった視点から問題を感じているのか(金融商品の提供方法の問題なのか、商品性の問題なのか。商品性に問題があるのだとすれば、商品性のどこに問題があると考えているのか等)を明確に示していくことが必要となろう。その上で、金融事業者の側においても、当局の指摘を受けて直ちに思考停止に陥るのではなく、当局の指摘の趣旨を正確に踏まえつつ、あくまで顧客の方を向いて自らの業務運営方針を自律的に定めていく姿勢が求められるのではないか。

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池田 唯一
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専務理事 池田 唯一