「デフレ脱却」の先にあるもの

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2023年01月18日

政府と日本銀行が25年ほど前から目指してきた「デフレ脱却」が現実味を帯びつつある。総務省によると、生鮮食品を除く総合ベースの消費者物価指数(コアCPI)の前年比上昇率は2022年11月で+3.7%と約40年ぶりの高水準となった。資源高や円安で物価が押し上げられた側面が大きいものの、インフレの主因が賃上げに変われば、インフレの持続性は大きく高まる。

東京大学大学院教授の渡辺努氏の研究室が毎年実施しているアンケート調査では、日米英独加の消費者に対して物価の見通しや価格上昇時の消費行動などを尋ねている。21年までのアンケート結果では日本人の「値上げ嫌い」が目立ったが、22年の結果ではその特徴が見られなくなったという。

足元の労働需給はかなり逼迫している。日銀短観における全規模・全産業の雇用人員判断D.I.(「過剰」との回答割合 - 「不足」との回答割合)は22年12月で▲31%ポイントと、新型コロナウイルス感染拡大直前の19年12月並みに雇用不足感が強かった。今後は経済活動の正常化や労働力人口の減少もあって人手不足は一段と深刻化するだろう。

デフレ脱却には春闘での高水準の賃上げの継続が必要だ。23年は物価高や人手不足などを背景に、労使ともに賃上げに前向きな姿勢を示している。一方、「インフレ手当」といった一時金で対応する企業があることや、雇用の流動性の低さ、欧米の景気後退懸念などもある。そのため22年で2%程度だった春闘での定期昇給込みの賃上げ率が23年に連合の目指す5%程度となるのは難しいだろうが、3%台に乗せる可能性はある。その後、賃上げが物価を押し上げ、それが更なる賃上げをもたらすという循環が強まれば、24年春闘でも賃上げ率は高止まりする。いずれはデフレ脱却や2%の物価安定目標の達成が視野に入るだろう。

もっとも、デフレ脱却後の日本経済は明るい話ばかりではない。インフレを安定させつつ、財政・金融政策の正常化を進めるという難しい課題が待ち受けているからだ。デフレ脱却後も大規模な財政出動や金融緩和を継続すれば、インフレは許容できない水準へと加速し、歳出の大幅な削減や厳しい金融引き締めなどを余儀なくされるだろう。現在の財政・金融政策の緩和度合いはいずれも極めて大きいだけに、政策正常化の道のりは険しい。

ほぼ10年前の13年1月22日、政府と日銀はデフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政策連携についての共同声明を出した。だが、政府が推進する取り組みとして共同声明に盛り込まれた成長力強化や財政健全化は、期待された成果を上げたとはいえない。すなわち、この10年で潜在成長率の低下傾向と政府債務残高GDP比の上昇傾向を変えることはできなかった。デフレ脱却が現実味を帯びつつある中、労働生産性の上昇に裏付けられた実質賃金の引き上げや出生率の向上、国・地方のプライマリーバランス黒字化などでは、これまで以上に成果が求められる。

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神田 慶司
執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 神田 慶司