2023年のポジティブサプライズはプーチン政権の崩壊か?

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2023年01月06日

  • 児玉 卓

「ソ連崩壊の主な原因は、西側の民主主義と法の支配がソ連の共産主義よりも優れている、とソ連側の衛星国の多くが確信したためだった(※1)」。2022年の夏に米国のイアン・ブレマー氏がこう述べたのは、「西側の民主主義」を称賛するためではない。そうではなく、この文章に続くのは、西側の中心であり先頭でもある米国の民主主義の体たらくに対する同氏の嘆きであった。

もっとも今更言うまでもないことだが、これは米国に限った話ではない。近年、民主主義の退潮と権威主義の跋扈が国際機関やNGOなどによって危機感を持って指摘されてきた。(かつての)民主主義国家が非民主化し、権威主義的国家はその強権性をより先鋭化させてきた。選挙結果を否定し、議会への殴り込みを煽る米国のトランプ前大統領は非民主(反民主か?)の権化ともいえる存在だが、同氏を大統領に押し上げたのは米国における民主主義の劣化に他ならない。

一方、権威主義的国家の代表格が香港の自由を圧殺した中国であり、他でもないロシアである。そして何より、こうした危うい国際的趨勢が最悪の形で結実してしまったのがロシアによるウクライナ侵攻である。これだけをとっても、2022年は十分に悲惨な年であった。

では2023年にもこの悲惨さは受け継がれるのだろうか。さしあたりロシアの侵攻が終結の兆しを見せていないことは、人的・物的被害が今後も積み重なってしまうことを意味する。悲惨さの解消には少なくとも時間がかかる。

しかしウクライナ侵攻が長期化する中で、ロシアのオウンゴールが増えつつあることも事実ではないか。一つには、ロシアは軍事的にさほど強くはないことがはっきりした。侵攻当初の想定に反し、戦況はひいき目に見ても一進一退である。もとより「ソフトパワー(※2)」に乏しいロシアが友好国や友好国でも西側陣営でもない中立国の歓心を買うには、軍事力をはじめとした「ハードパワー」を見せつけるしかない。だがロシアはそれに失敗した。

第二のオウンゴールは、ロシアがウクライナの電力インフラなどを標的とし、あからさまに市井の人々の生活を破壊しようとしていることだ。こうした行為はロシアの友好国や中立国が親ロシア的態度をとることを躊躇させる要因になる。恐らくこのような非人道的所業の繰り返しがなければ、昨年11月のG20サミットの首脳宣言に「ほとんどのG20メンバーは、ウクライナにおける戦争を強く非難し(※3)」ているという一文が盛り込まれることもなかったであろう。合わせて評すれば、第三国にとって、ロシアに同調することのメリットが色あせ、そのデメリットが重みを増しつつあるということだ。

更にロシアのウクライナ侵攻は、欧米を中心とした西側諸国の結束を強化させた。フィンランドとスウェーデンはNATOへの参加を表明し、平時一枚岩には程遠いEUも「対ロシア」においては足並みの乱れはさほど目立たなくなっている。

また米国では中間選挙で民主党が想定外の健闘を見せ、トランプ氏の求心力の低下が鮮明になった。これによって米国サイドからウクライナ支援にかかる西側結束のほころびが生じる懸念は後退した。

こうしてみると、民主主義が復調を見せているとは必ずしも言えないものの、ロシアのオウンゴールの積み重ねが権威主義の跋扈に歯止めをかける、というのが2023年の基調となる可能性もあろう。付け加えれば、中国の「ゼロコロナ政策」を巡る顛末と昨年末にかけてのコロナ感染者の急増は、危機対応においては権威主義的トップダウン型政治体制に優位があると唱える向きには相当の痛打であったに違いない。

となれば、冒頭のブレマー氏の分析を以下のように読み替えるのも必ずしも楽観的に過ぎるとは言えないのではないか。「プーチン政権崩壊の主な原因は、西側の民主主義と法の支配がロシアの権威主義・独裁体制よりも優れている、とロシアの友好国、中立国の多くが確信したためだった」と。

(※1)日本経済新聞(2022年7月20日)
(※2)軍事力や経済力ではなく、価値観や外交を含む政策を通じて他国を惹きつける力

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