「コスパ&タイパ」と労働生産性
2022年12月19日
2022年もあと10日ほどを残すばかりとなった。例年、12月に入るとその年を表す漢字や流行した言葉、モノやサービスが発表される。円安や物価上昇などいろいろあった2022年だが、「ユーキャン新語・流行語大賞」にはプロ野球で大活躍した東京ヤクルトスワローズの「村神様」、世相を表す「今年の漢字Ⓡ」(日本漢字能力検定協会)では「戦」、「日経MJヒット商品番付」では、東の横綱に「コスパ&タイパ」が取り上げられた。
中でも、「コスパ&タイパ」がヒットした点が興味深い。これまでも消費者が金銭的な費用に対する効果を表す「コストパフォーマンス(コスパ)」を重視するとの傾向は耳にしていたが、費やす時間に対する効果や満足度を表す「タイムパフォーマンス(タイパ)」にも意識が高まっているようだ。新型コロナによって学校の授業の一部がオンデマンド方式となり、講義録画を早回しで再生する機会が増えたことや、毎月一定料金の動画配信サービスが普及したことで、より多くの映画やドラマを視聴するために高速再生することに慣れたことなどが、「タイパ」が浸透した一因となったと思われる。
これまで、「コスパ&タイパ」の考え方は、企業内で使われていた。設備等への投資の効果、人時生産性(投入した労働時間に対し、どの程度の生産量や粗利益額を稼ぐことができたかを表す指標)等が一例である。そのような考え方が、消費者の間に一時的な流行に留まるのではなく根付くようになれば、「コスパ&タイパ」を志向する消費者向けサービス市場が拡大するだけでなく、日本の労働生産性の改善につながる期待が高まるのではないだろうか。政府によるリスキリング(今後必要となる仕事上のスキル・技術を再教育で習得すること)の推奨、企業による人的資本の活用意欲、個人による「タイパ」の高い情報収集・自己研鑽の相乗効果で、労働生産性が高まるとのシナリオである。
公益財団法人日本生産性本部が昨年12月に公表した「労働生産性の国際比較 2021」によると、2020年の日本の時間あたり労働生産性(就業1時間あたり付加価値)は49.5ドルと、米国(80.5ドル)の6割の水準に留まっている。また、OECD加盟38ヵ国の中での順位は23位と、データが取得可能な1970年以降で最も低い順位になっている。教育水準が高い日本ではあるが、労働生産性を高めるには、従来の高い知識レベルだけでなく、今後必要となる仕事上のスキルや技術の習得が求められる。高い「タイパ」を当然と考える風潮は、スキルや技術の習得にも追い風となろう。
もちろん、高い「タイパ」志向だけで、労働生産性を持続的に改善させるには十分ではない。例えば、ビジネス書籍の要約を有料で提供するサービスは、短時間で筆者の最も言いたいことを理解するには便利だが、情報量を絞る分、著者の意図を汲み切れない側面はあろう。また、分野によっては、総じて対象者が多い「入門・初級レベル」から「中級レベル」のマス市場向けのサービスが多く、市場規模が小さい「上級レベル」向けのサービスは限られる場合もありうる。英語の学習教材などはそうかもしれない。企業の従業員に求めるスキルが高くなるにつれ、サービスの利活用でカバーできない部分が生じてこよう。そのように考えると、高い「タイパ」で捻出した時間を使い、新たな事業アイデアを企画する個々人の姿勢が伴うことで、労働生産性の持続的な改善につながるのではないだろうか。
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- 執筆者紹介
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金融調査部
主席研究員 中村 昌宏
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