人権版“Scope3”に備える

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2022年11月09日

2022年9月に政府が策定した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議)は、企業による人権尊重の取組促進を目的としている。この取組には、積極的な情報開示も含まれている。

このガイドラインでいう「サプライチェーン」とは、自社の製品・サービスの原材料や資源、設備やソフトウェアの調達・確保等に関係する「上流」だけでなく、販売・消費・廃棄等に関係する「下流」をも含む。つまり、ガイドラインでは自社製品等の「上流」「下流」のプロセスにおける人権との関わりを調査し、内容の積極的な情報開示が期待されていることになる。今のところ調査や開示は法的な義務ではないが、いずれ同様の内容が法的拘束力を持つようになるかもしれない。ガイドラインには「海外法制の概要」が付属資料として添付されており、内容は様々だが、多くの国々で企業に対して人権への取組を義務付けるようになっていることがわかる。

期待されている取組はどれも簡単なものではないが、特に「下流」の所は難しそうだ。自社製品の販売・消費・廃棄等の場面で人権に関わる具体的な状況があったとして、それはどう調査すればいいのだろうか。ガイドラインの案に対する意見募集で、「より多くのガイダンスと事例を提供すべき」「実際に顧客に対して調査を行っている好事例などを,本ガイドラインに追加していただきたい」「具体的かつ効果的な対応方法を示して頂きたい」との声があったのも頷ける。

ところで、サプライチェーン全体を俯瞰した自社製品等に関係する温室効果ガスの排出の開示枠組み(GHGプロトコル)では、Scope1(直接排出)、Scope2(他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出)、Scope3(その他の間接排出)の3つの分類区分が設けられている。このうちScope3は自社製品等の輸送・配送・使用・廃棄等のプロセスでの温室効果ガスの排出量も含まれる。自社製品の使用による電力消費量をもとに、その電力供給のための温室効果ガス排出量を推計するのだが、果たして信頼できる推計値を得られるのか、また有用な情報であるか疑問もある。

Scope1,2はともかくとして、Scope3の開示を強くは求めないという規制も有り得るが(日本や米国はおおむねこのような規制)、ISSB(International Sustainability Standards Board)が策定中の温室効果ガス排出の開示基準では、Scope3がScope1,2と同列の扱いであり、当然に開示を求める提案がなされている。一方で、カリフォルニア州では州内上場企業にScope3開示を義務付ける法律が議会で否決された。Scope3があまりに広範なため、開示のコストに見合うベネフィットがあるか疑問視されたのだ。

温室効果ガスについてのプロトコルを人権に当てはめれば、Scope1は自社、Scope2は主要な取引先、Scope3はサプライチェーンの全て、というイメージであろうが、ガイドラインではこのような分類はなく、「上流」「下流」全てを含む開示が想定されている。つまり人権に関する開示では、温室効果ガス排出のScope3に相当するような所までの開示が求められる。温室効果ガスであれば推計に頼ることもできようが、個別具体的な人権侵害という問題では、実体に向き合う必要があるかもしれない。企業側には難しい要求であろうが、自社製品等の人権デューデリジェンスにどう取組むか、今のうちから考えておいた方がよさそうだ。

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執筆者紹介

政策調査部

主席研究員 鈴木 裕