インドネシアのEV産業に注目
2022年10月31日
ジョコ大統領が2060年までのカーボンニュートラルを掲げる中、インドネシアは電気自動車(EV)の生産拠点として注目され始めている。その魅力は市場の伸びしろと、ニッケル資源の存在にある。
インドネシアは2.7億人という世界で第4位の人口を誇るが、自動車の普及は1,000人に対し87台(2017年)にとどまる。EVになるとさらに低下し、2021年に販売された自動車台数の内0.4%を占めるにすぎない(インドネシア自動車製造業者協会の資料を基にJETRO発表)。EV市場の伸びしろは大きい。
次に、ニッケルは主にEVに搭載されるリチウム電池に使用される。インドネシアは世界で最大のニッケル産出国(2021年)であるが、2020年に、鉱石そのものの輸出が禁止され、加工した工業製品のみが輸出の対象となった。国内で産出されたニッケル鉱石を国内で使い、EV用の電池を生産するほか、それを用いた完成車を量産することが目的の一つである。
インドネシアはこれまで、タイに追いつけとばかりに自動車産業の育成に励んできたが、その実現は難しかった。1960年代から日系企業が進出していたタイと比べ、海外からの投資が遅れた点や、タイのように、労働賃金の安い周辺国に作業工程の一部を移管し、部品供給を受けることがかなわなかった点などが理由である。
EV産業に関しては、タイもスタートラインに立ったばかりである。インドネシアには、ニッケル資源という強みもある。これらを踏まえ、インドネシアのEV産業に積極的な投資を始めたのは、韓国と中国である。韓国の現代自動車は2022年に、インドネシア国内で初めてEVの生産を開始した。また同社は、EV用のバッテリー工場を設立し、2024年には生産を開始するとしている。これに続き、中国企業も小型EVの現地生産を開始した。
韓国・中国企業が積極的な投資を行う背景には、インドネシアの自動車市場で存在感を示してきた日本のシェアを切り崩す意図がある。2021年の統計によると、インドネシアで販売された自動車の90%以上が日系ブランドで、その大半がガソリン車であった(インドネシア自動車製造業者協会)。日系企業は、充電スタンド等のインフラの未整備や、EV需要の低さなどを理由にEV事業への投資に消極的である。韓国・中国企業は、これを好機と捉えたわけである。
インドネシアでEVの普及が時宜にかなっているのかは、意見が分かれるところである。デロイトが実施した調査(※1)によると、東南アジアで、次に購入する自動車として最も選ばれているのはガソリン・ディーゼル車(66%)で、電気自動車は5%にとどまるなど、消費者の意識は未だEVに向いていないという。しかし、「資源依存型経済」からの脱却に苦しんできたインドネシアでは、政府がEV事業を産業高度化のチャンスとして位置付け、あらゆる投資奨励策を講じる構えでいる。2021年には、エネルギー・鉱物資源省高官が、2050年までに同国で販売される四輪車と二輪車を全てEVとする方針を示唆した。仮に、先行投資をした韓国・中国企業がEVの現地生産を軌道に乗せ、低コストのEV車が流通するようになれば、消費者のEV購入意欲も高まる可能性が高い。世界的な脱炭素化への流れと、EV産業への政府の注力を見ると、「時期尚早」とは言えなくなる日も近いように感じる。
(※1)デロイトトーマツグループ「2022年グローバル自動車消費者調査」2022年2月。ここでいう電気自動車は、バッテリー電気自動車(BEV)で、ハイブリッド(HV)やプラグインハイブリッド(PHEV)を除く。東南アジアには、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムが含まれる。
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- 執筆者紹介
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経済調査部
シニアエコノミスト 増川 智咲
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