手形交換所で交換した手形以外のもの

~手形交換所143年の終幕によせて~

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2022年10月26日

来る11月2日、全国に179か所ある手形交換所が143年の歴史に幕を下ろす。

90年代、新卒で銀行に就職して初めての仕事が手形交換だった。毎朝、約束手形の束を持って手形交換所を訪れた。全国179か所ある手形交換所のうち県庁所在地を除けばその9割は地域一番行の支店にある。筆者の初任地の宮城県石巻市も七十七銀行石巻支店の2階の一室に石巻手形交換所があった。ここに七十七銀行の市内各支店(僚店)、他行の石巻支店、信金、信組、農協の担当者ら15人ほどが毎朝9時前には集合していた。

交換所、というか他の会議室と変わりない一室には長机が“ロ”の字に並べられ、各金融機関の指定席があった。部屋に入ると、まずは出かける前に仕分けした手形をそれぞれの席に配って歩く。

ひとまわりしてから着席し、次は自席に配られた手形を揃えて束にする。金額を集計し、持参した手形と持ち帰る手形の合計を残高一覧表の左側と右側に記入して差額(交換尻)を求める。持ち帰る手形が多ければ決済口座の出金票、持参した手形が多ければ入金票を起票し、元締と呼ばれる場の取りまとめ役に提出する。

元締は各金融機関から集まった出金票と入金票の合計を計算し、入出金の一致を確認して完了を宣言する。筆者は元締を経験したこともある。出金票と入金票を集計するにしても計算が合うまで金融機関の担当者は帰れないと思うと緊張したものだ。その間、担当者は手形を口座番号順に揃えたり、隣の人と世間話をしたりしている。帰店後、持ち帰った手形に基づき振出人の当座預金から引き落とす。残高不足のときは電話で入金を依頼する。不渡りになったら一大事だ。

手形交換所に来る担当者には筆者を含め若手が多かった。金融機関に就職するとはじめに手形小切手の勉強をさせられる。手形小切手法、当座勘定規程、手形割引の基本約定書でもある銀行取引約定書を修得する。手形割引は貸出業務の登竜門である。手形に接する機会が多かったのには教育的な意味もあっただろう。手形交換を経験すると手形にまつわる仕事の仕組みがよくわかるのだ。手形は為替だけでなく貸出や預金業務にも関係するので銀行の仕事を横断的に覚えるのに都合がよい。

手形交換所の担当者たちはおのずと顔見知りになり、道で会えばあいさつを交わす仲になる。彼ら彼女らが交換していたのは手形だけではなかったと思う。小切手もあるという意味ではない。ときには休暇中に訪れた旅先のおみやげも交換したろうし、情報交換と称して合コンに及んだケースもあっただろう。筆者が妻と出会ったのも手形交換所だ。思えば支店や金融機関の垣根を越えた若手職員のコミュニケーションの場でもあった。その手形交換所が来月には廃止され電子交換所に置き換わる。少年時代に親しんだ映画館がなくなるようで、ネット時代のさだめとはいえ少し淋しい。

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鈴木 文彦
執筆者紹介

政策調査部

主任研究員 鈴木 文彦