医療DXを促進する制度のアップデート

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2022年08月22日

2022年度の「健康経営銘柄」(経済産業省・東京証券取引所が共同で選定)や「健康経営優良法人」(日本健康会議が認定)の選定・認定要件には、以前から必須項目だった「受動喫煙対策に関する取り組み」に加え、従業員の「喫煙率低下に向けた取り組み」が選択項目に加わった。従業員に対する健康増進の取り組みが、中長期的な企業の価値向上につながるとみる投資家は増えており、従業員の喫煙率引き下げは企業の新たな課題である。

そうした中、2022年度の診療報酬改定では、プログラム医療機器(SaMD)を使用した診療を評価する項目が新設された(プログラム医療機器等医学管理加算)。プログラム医療機器とは、医療機器として位置づけられたプログラム(ソフトウェア)のことで、診断・治療等を目的とするアプリや人工知能(AI)を使用したものも該当する。

このプログラム医療機器のうち、2020年に国内で初めて薬事承認され、保険適用されることになったのが、禁煙治療を補助するアプリだった。標準的な禁煙治療に加えて、このアプリを使用したグループは、使用しなかったグループと比べて、長期的な禁煙継続率が高く、医学的な治療効果が認められたのである。健康経営を目指す企業の中から、このアプリを利用して禁煙治療を行う従業員を支援する企業が出てくるかもしれない。

アプリやAIを使用したプログラム医療機器の活用は、アプリに入力された詳細な患者情報を医師と共有したり、AIに大量の画像データを学習させて医師の診断を支援したりすることで、より良い医療の提供につながるとみられる。さらに、医療現場の負担軽減や、どこにいても質の高い医療が受けられる環境づくりにもなるだろう。効果的な治療法が増えることは何より患者にとって望ましく、有効性や安全性等に基づき適切に評価することが、プログラム医療機器の普及の後押しとなると期待される。

課題は、プログラム医療機器を承認するための審査体制の整備が不十分な点である。AIを搭載したものだけに限定しても、米国とはプログラム医療機器の承認件数に6~7倍も差があり、SaMDラグ(SaMDの実用化の遅れ)が疑われるという(※1)。2020年11月には「プログラム医療機器実用化促進パッケージ戦略(DASH for SaMD)」が策定され、相談窓口の一元化等は進んだ。しかし、承認後もAI学習を継続するような製品に対して、一定期間ごとにプログラムを固定して性能評価を行うなどのルールが残っており(※2)、円滑な実用化を阻んでいる。

2022年6月7日に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」に伴う「フォローアップ」では、「プログラム医療機器の実用化の促進のため、2022年度中に、革新的なプログラム医療機器を指定し優先的に承認審査を行う制度を試行的に導入する」(p.12)とされた。アプリやAIを活用した医療DXを促進するには、技術だけでなく、リアルワールドデータ をタイムリーにプログラム反映していくことを妨げない制度のアップデートも欠かせない。

※「健康経営®」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。

(※1)内閣府 規制改革推進会議 医療・介護ワーキング・グループ(第4回、2021年10月25日)資料1-2「プログラム医療機器の承認・認証について」(富士フイルム株式会社)参照。
(※2)2020年に、将来改良が見込まれるプログラム医療機器などについては、計画された変更の事前承認を認めるIDATEN制度が整備された。しかし、変更の際にプログラムを一旦ロックしての検証が求められるため、タイムリーな学習成果の反映を妨げているとの指摘がある(内閣府 規制改革推進会議 医療・介護ワーキング・グループ(第4回、2021年10月25日)資料1-3「承認後もAI学習を継続する新たな医療機器プログラムカテゴリの創設の提案」(田辺三菱製薬株式会社))参照。

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執筆者紹介

政策調査部

研究員 石橋 未来