経済安全保障推進法において期待される政府の役割

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2022年08月17日

2022年5月11日に「経済安全保障推進法」が成立した。その後、同法の第2条に基づく「基本方針(※1)」が公表された。この「基本方針」は同法が定める「安定供給確保」「特定社会基盤役務」「特定重要技術研究開発」「特許出願非公開」の4施策ごとの基本方針の上位に位置する包括的なものである。つまり、経済的手段によって安全保障の実現を目指すために、4施策がバラバラにならないように、総合的かつ効果的に推進させるために定められている。「基本方針」の「基本的な考え方」(※2)は、「これまでのように自由で開かれた経済を原則とし、民間活力による経済発展を引き続き指向しつつも、国際情勢の複雑化、社会経済構造の変化等に照らして想定される様々なリスクを踏まえ、経済面における安全保障上の一定の課題については、官民の関係の在り方として、市場や競争に過度に委ねず、政府が支援と規制の両面で一層の関与を行っていくことが必要である」としている。ここでの問題は、「市場や競争に過度に委ねず、政府が支援と規制の両面で一層の関与」を行うことが「民間活力による経済発展」に結びつくかであろう。加えて、「特定重要技術の研究開発の促進及びその成果の適切な活用に関する基本指針」では「先端的技術」は「『将来の』国民生活及び経済活動の維持にとって重要なものとなり得る先端的な技術」と定義されている。さらに、先端的技術に関係する「バイオ技術」「先端コンピューティング技術」等の20分野を技術領域の調査対象とし、これらを参考に、「必要な情報の提供」「資金の確保」「人材の養成及び資質の向上」等の資源の配分を柔軟に実施していくとしている。問題は政府が市場に代わって先端的技術の進化のために資源の配分を適切に実施できるかである。

この問題意識の背景には、過去20年間に、先端技術を活用したイノベーションの定義が変化し、資源配分の役割も政府から市場に明確に変化してきたことがある。イノベーションの定義は、単に高度経済成長を牽引する技術革新ではなく、持続可能な経済成長を目指すことも含むようになった。すなわち、規制・規範に沿った上で、幅広い社会的・経済的・技術的なあらゆる「資源」を活用した新しいアイデア(発想)から社会的意義のある新たな価値を創造し、社会的に大きな変化をもたらす技術革新である。ここでいうアイデアとは、これまでに生み出されてきた物事の「新たな視点・工夫」、「これまで組み合わされたことのない要素を組み合わせること」、「新しい切り口」、「新しい捉え方」、「新しい活用法」を創造するものを指す。そのためには、資源の配分において、世界中のあらゆる資源を効率よく活用する必要があり、誰がリソース(資源)のコントロール(維持管理)を担うかが重要となる。

米国の法学者であり、インターネットに関する多数の書籍の著者であるローレンス・レッシグ(Lawrence Lessig)は「過去100年にわたって、政治的議論における争点のほとんどは、リソースのコントロール方法としてどれが一番うまく機能するか —— 国か市場か —— をめぐるものだった。冷戦はまさにこの種の戦いだ」と、インターネットが本格的に台頭してきた2001年に出版された書籍の中で述べている。

自由主義の西側諸国は、市場が「リソース」を「コントロール」できると信用していた。他方、インターネットの普及とともに、「グローバライゼーション」と「オープンイノベーション」が活性化した。「グローバライゼーション」は国家や地域などの境界を越えた社会的あるいは経済的なつながりが地球規模に拡大してさまざまな変化を引き起こす現象であり、「オープンイノベーション」はそれに伴うさまざまな制約からの資源の開放により革新を生み出すものである。これらの恩恵を受けた中国は、国が直接リソースをコントロールすることを通じて、国際的なイノベーション競争で台頭し、市場によるコントロールを重視した米国と比肩する地位を確立した。つまり中国はグローバライゼーションやオープンイノベーションの恩恵を受けながらも、その果実を主として国家が抱え込み、かつ再配分することを通じ、ある種異質な競争形態を持ち込んでいるとも評し得る。

前述の経済安全保障推進法の基本方針で指摘した問題を解決するには、オープンイノベーションが制約を受ける中で、市場に代わって過去20年間に変化したイノベーションの定義とリソースのコントロールの変化を踏まえて、政府がどこまでイノベーションの推進役を果たせるかにかかっている。古いままの定義とリソースの配分の意識のままではないことを願う。

(※1)内閣官房経済安全保障法制準備室「経済施策を⼀体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する基本⽅針」2022年7月25日
(※2)上記資料の「第1章経済施策を⼀体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する基本的な事項」の「第1節 基本的な考え方」

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内野 逸勢
執筆者紹介

金融調査部

主席研究員 内野 逸勢