労働者と資本家をつなげる従業員持株会との付き合い方

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2022年08月03日

岸田首相が2022年5月に打ち出した「資産所得倍増プラン」を受けて、日本証券業協会は7月に「中間層の資産所得拡大に向けて~資産所得倍増プランへの提言~」という包括的な提言案を取りまとめ、その中に従業員持株会の推進が盛り込まれた。従業員持株会とは、企業が奨励金などを活用することにより従業員の自社株購入を促し、長期的な資産形成を支援する制度である。加入した従業員は、給与と賞与から拠出する一定額と奨励金で自社株を定期購入していく。

東京証券取引所の「2020年度 従業員持株制度状況調査結果」によると、従業員持株制度を有する企業3,239社のうち、実際に加入している従業員の割合は39.68%にとどまる(2021年3月31日現在)。全体として見ると、加入に慎重な従業員の方が多いというのが実態だ。日本証券業協会の提言案では、この加入割合を高めることで資産所得を拡大させようとしているとみられるが、従業員にとって従業員持株会にはメリットとデメリットの両方が存在し、かつ現実的に慎重な見方が多いという状況を踏まえると、その実効性については不透明な面もある。

筆者は、従業員持株会に長期間加入している少数派だが、過去のリーマン・ショックという金融危機を経験していることもあり、リスクを嫌って加入していない人の気持ちも理解できる。当時は、ボーナスが急減する中で自社株の含み損も大幅に膨らんだ。勤務先企業の所得と株式の両面からマイナスの影響を受けるという、従業員持株会の代表的なリスクが顕在した格好だ。ただし、その後も加入を継続しており、今のところ脱会する予定もない。

こうした経験も踏まえ、以下では、今後加入を検討する人にとっての1つの参考事例として、筆者が加入している理由や気をつけている点について取り上げたい。

第一に、筆者が従業員持株会に加入している主な理由は、(1)奨励金を貰えるという金銭的メリットが存在したこと、(2)少額から自動積立投資を行うことができ、「ドルコスト平均法」の効果を活かせること、(3)株主(資本家)の資産所得として配当金を得られること、である。

これまでの投資環境として、現在の株価は、従業員持株会に加入した時点から半値以下の水準となっており、単純に株価の変化率だけで考えれば、大幅な損失が生じている可能性が示唆される。しかし、2000年代半ばから長期的に加入している結果として、現時点におけるトータルの投資損益は、奨励金や配当金、ドルコスト平均法の効果などにより、十分なプラスが確保できている。

また、近年、企業が従業員の賃上げよりも株主への分配を重視しており、それが格差拡大につながったという議論がなされることがある。もし、勤務先企業も同様の状況にあると考えるのであれば、(3)の視点から、従業員持株会に加入し、株価変動リスクを受け入れた上で株主として企業利益の分配(配当金等)を得ることを検討してみるのが良いだろう。長期的な視点に立てば、従業員持株会には、労働者と資本家である株主の境界をつなげる「橋渡し役」という側面もある。

第二に、筆者が気をつけている点としては、(1)リスク許容度に応じて拠出額を抑えること、(2)他の金融商品を含むポートフォリオ全体でリスク管理を行うこと、(3)勤務先企業の将来性に不安を感じた場合には購入額をゼロにすることや自社株を躊躇せずに売却すること、などが挙げられる。

これらは、いずれも株式投資における基本的な注意事項である。ただ現実には、自動積立投資という便利な仕組みによってリスク管理に対する意識が薄れやすく、さらに自社株の売却に必要な社内手続きで手間がかかるという問題も存在する。これらの問題に対しては、自社株が単元株になった段階で証券会社の口座に出庫し、適宜、自社株を売却するという対応が考えられる。実際、筆者は、金融資産に占める自社株の割合が相対的に高くなり、かつ利益が出ている段階で売却し、ポートフォリオのリバランスを行ってきた。

従業員持株会の是非を巡る議論は他にも多岐にわたる。ただ、以上のような長期加入者としての実体験を踏まえると、従業員持株会という制度は、株式投資の基本的な注意事項をしっかり守る限り、長期的な資産形成の手段として前向きに検討したい制度の1つだと考えている。

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長内 智
執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 長内 智