「持たざる経営」から転換する自動車業界

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2022年07月25日

  • 経済調査部 エコノミスト 小林 若葉

部品供給不足に見舞われている自動車業界で在庫の積み上がりが顕著である。財務省「法人企業統計調査」によると、2022年1-3月期末時点の自動車・同付属品製造業(全規模)の在庫(棚卸資産)は新型コロナウイルス感染拡大前の2019年同期比で+38.4%であった。とりわけ購入部分品を含む「原材料・貯蔵品」が同+69.0%と大幅に増加した。一部には物価高騰を反映した在庫評価益で押し上げられた影響もあるが、部品調達リスクから在庫数量を積み増したことを反映しているとみられる。

企業が保有する在庫が何カ月で売上に結び付くのかを表す「在庫回転期間」は、一般に数値が高いほど在庫管理の効率性が低いと評価される。自動車・同付属品製造業では、2022年1-3月期の同指標が2019年同期から0.3カ月延びて0.8カ月となった。2000年代以降に急上昇が見られたのはリーマン・ショック後の2009年1-3月期と東日本大震災直後の2011年4-6月期(ともに0.8カ月)、そして感染拡大直後の2020年4-6月期(1.0カ月)だ。これらはいずれも売上高の急減が主な理由であった。今回も供給制約を背景とした減産が売上高の減少につながった面はあるが、それよりも在庫積み増しの影響が圧倒的に大きい。

自動車業界ではこれまで、トヨタ自動車の「カンバン方式」に代表されるように、必要なものを必要な時に必要な量だけ調達・生産してきた。だが、昨今の半導体不足や国内外の感染拡大に伴う部品調達難、ロシアのウクライナ侵攻等を契機とした経済安全保障の重要性の高まりが企業行動を変容させつつあるとみられる。効率的な調達・生産は余分な在庫を発生させず、在庫の保管コストを減少させるほか、在庫の陳腐化リスクや在庫評価損による企業収益の押し下げリスクを低下させるメリットがある。一方、急な需要の増加や供給の減少に対応しづらいことがデメリットとして挙げられる。自動車業界ではこのところ供給不足に陥るリスクへの対応として、供給難の部品以外のものも含め、幅広い部品の在庫を積み増していると考えられる。

供給制約が緩和すれば、自動車生産はペントアップ(繰越)需要に対応した挽回生産もあって堅調に推移するとみられる。少なくとも部品供給懸念が続く中では、在庫を積み増す傾向が続くと考えられるが、その後も安定調達を重視した在庫管理の重要性は変わらないだろう。そもそも自動車業界の売上高対比の在庫水準は相対的に低く、他業種より供給制約に陥るリスクは高かった。2022年1-3月期の製造業全体(全規模)の在庫回転期間は1.5カ月と自動車・同付属品製造業の2倍程度だ。今般の供給制約を教訓に、自動車業界では経済安全保障やその他の部品供給リスクに配慮した在庫管理が定着するかもしれない。

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