スキル・マトリックスについて考えたこと
2022年04月14日
2021年のコーポレートガバナンス・コード(CGコード、東京証券取引所(以下、東証))の改訂により、上場会社は、取締役の選任に関する方針・手続と併せて、「各取締役の知識・経験・能力等を一覧化した」いわゆる「スキル・マトリックス」等の開示が求められる(CGコード補充原則4-11①)。2022年6月に訪れる定時株主総会シーズンに向けて、各社が開示するスキル・マトリックスを株主がどう活用するのか、とても興味深い。
「スキル・マトリックスって、取締役の持つスキルを単に星取表のように一覧にしただけのものだろう?」
いや、それは少し違う。
CGコードが想定するスキル・マトリックスとは、取締役会が備えるべきスキルと各取締役の対応関係を一覧表としたものだ。仮に、取締役が現に持っているスキルを単に並べただけなら、それはスキル・マトリックスとしては意味がない。
「どう違うのだ?」
CGコードは、スキル・マトリックスの前提として、「取締役会は、経営戦略に照らして自らが備えるべきスキル等を特定した上で、取締役会の全体としての知識・経験・能力のバランス、多様性及び規模に関する考え方」を定めるように求めている(CGコード補充原則4-11①)。
乱暴な言い方かもしれないが、先に必要とされるスキルがあり、次にそれらのスキルをどの取締役が担っているのかが示される。その逆ではないのだ。
「なるほど。事前に事務方が『取締役のみなさまのご経歴を踏まえて、スキル・マトリックスをご用意しました』では本末転倒ということだな。株主としては、一覧表だけではなく、なぜ、そのスキルが経営戦略に照らして必要とされるのかなどの説明にも注目したいところだ。」
もっとも、そのようなことをすれば、株主よりも前に気骨のある独立社外取締役から「取締役会でのスキル等の議論の前に結論(スキル・マトリックス)ありき、とは何事だ」と怒られそうだが。
「ところでスキル・マトリックスを決めるには、取締役会の決議が必要か?」
CGコードは、「プリンシプルベース・アプローチ」と言って、基本的な趣旨や考え方を定めているだけだ。会社法に基づく取締役会決議の要否といった細かい手続については特に定めていない。
しかし、主語が「取締役会は」となっていて、「自らが備えるべきスキル等を特定した上で」とある以上、最終的な権限と責任は取締役会にあると考えられるだろう。少なくとも取締役会において十分な審議が行われる必要はあると思う。
なお、海外での実務や、新たなスキルを持った取締役候補の指名にもつながることを踏まえて、指名委員会の積極的な関与を求める見解もあるようだ。
「監査役についてもスキル・マトリックスを開示すべきか?」
CGコードは、直接、監査役をスキル・マトリックスの対象とはしていない。しかし、東証は「監査役を含めることもあり得る」との見解を示している(※1)。
確かに、監査役は、会社法上、独任制の機関、つまり、監査役会という組織の一員としてではなく、一人一人の監査役が単独で権限を行使できるとされている。独任制の良さを発揮する上では、監査役の間でのスキルに応じた役割分担は馴染まない、との考え方も理解できる。
しかし、高度なビジネスを複雑な組織で営む現代の上場会社の監査に、個々の監査役が単独で取り組むことには限界がある。それぞれが主体性を持ちつつ、多様なスキルを持った監査役が連携して監査に取り組むことは有意義だと考えられる。その意味では監査役のスキル・マトリックスの自主的な開示も十分検討に値するだろう。
(※1)東京証券取引所「『フォローアップ会議の提言を踏まえたコーポレートガバナンス・コードの一部改訂に係る上場制度の整備について(市場区分の再編に係る第三次制度改正事項)』に寄せられたパブリック・コメントの結果について」No.98など。
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