企業は従業員の「幸福」に関与すべきか?

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2022年02月09日

  • コンサルティング企画部 主席コンサルタント 廣川 明子

なぜ従業員の「幸福」が話題なのか。投資家が人的資本に注目しつつあることも背景にあるが、企業において人材の質と量の不足感が強いことが大きな理由であろう。

企業が従業員を「不幸」にする過重労働やハラスメントは、法律的にも社会的にも認められないものとなり、改善が図られてきた。しかし、それだけでは人材の質と量の確保が難しいため、人材育成を強化するとともに、従業員満足やモチベーション、エンゲージメント向上など従業員の意識や心理状態を高める取り組みが広がってきた。そして、一部企業では「健康」や「幸福」に着目して社員の可能性を最大化する動きが見られる。「幸福」に近い表現としてウェルビーイングやウェルネスが使われることもある。

改めて掲題の問いであるが、企業理念の実現や企業価値向上、戦略実行のために必要であれば、企業は従業員の「幸福」に関与すべきだろう。従業員に求める姿が「付加価値の高いスキルを主体的に獲得し、心身とも健康な状態で仕事に取り組み、創造性を発揮していること」であれば、個々の可能性を極限まで引き出すために「幸福」にまで関与せざるを得ない。しかし、従業員に求める姿が「所定のルールに沿って上司の指示通りに行動すること」であれば「幸福」まで追求する必要性は低い。

注目されている「善いこと」だからという理由だけで取り組むことは避けたい。女性活躍推進や健康経営などの「善いこと」に力を入れているにもかかわらず、経営理念や戦略上の必然性が伝わらず浮いている例は少なくない。他方、経営理念や戦略レベルで「社員の力を最大限に引き出す」「社員の生きがい」を掲げても具体策が見えなければ裏付けのないスローガンに映る。「善いこと」ほど取り組みが目的化したり、掲げるだけで満足しがちだ。「幸福」も同様で、企業理念や戦略と施策が連動するからこそ実現に向けて持続的に経営資源を配分することができるし、投資家に訴求できるストーリーにもなる。

さて、「幸福」については哲学、宗教学の分野で古くから議論がされていたが、昨今は心理学や経営学の分野で大規模な調査結果を用いた統計的な分析が行われている。幸福の決定要因に関する研究も多く発表され、一例として労働時間、仕事の裁量の大きさ、上司や同僚との関係性そして、健康状態などがあげられている。研究が進む中で、偶然や本人の資質に寄らず、幸福度を上げるための方法がおぼろげながら見えつつある。

主観的で抽象度が高い概念だからこそ、企業で取り扱うには、客観的なデータ分析、測定による可視化が欠かせない。研究例を参考に、自社内に蓄積された従業員に関する大量のデータを用いて、自社の目指す状態に資する要因の抽出や分析ができれば理想だが、決して容易ではない。従業員の「幸福」を追求することが担当社員の長時間労働という「不幸」を招きかねない。最近は、HRテクノロジーを利用した「幸福」を可視化する汎用ツールや簡易分析が可能なシステムも数多く開発されている。それらを利用することで、「幸福」を効率的に追求することも一案であろう。

参考文献
鶴見哲也・藤井秀道・馬奈木俊介『幸福の測定 ウェルビーイングを理解する』中央経済社(2021年11月)
前野隆司『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』講談社現代新書(2013年12月)
パーソル総合研究所・慶応義塾大学 前野隆司研究室「はたらく人の幸せに関する実証研究結果報告」(2021年5月)

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廣川 明子
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コンサルティング企画部

主席コンサルタント 廣川 明子