デジタル人民元計画と北京冬季五輪を巡る思惑

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2022年01月31日

  • 経済調査部 研究員 中田 理惠

北京2022冬季オリンピック(以下、北京冬季五輪)開催予定日まで残すところ4日となった。新型コロナウイルスの世界的な流行を受けて海外からの来客は制限される。とはいえ、広く国内外に放映される北京冬季五輪は、やはり開催国である中国にとって自国のアピールをする機会となる。例えば、人民元のデジタル通貨版であるデジタル人民元(e-CNY)は、北京冬季五輪をお披露目の場とするべく開発が急ピッチで進んできた。

デジタル人民元とは中国人民銀行が開発中のデジタル決済用人民元であり、スマートフォン(スマホ)にアプリを入れることで使用できる。使用方法は既存のスマホ決済と似通っており、QRコードの読み取りによって店舗等での支払いができるシステムとなっている。もっとも、中国では既に民間企業が開発したスマホ決済が広く国民に普及している。なぜ中国は中央銀行独自のデジタル通貨の開発を行い、それを北京冬季五輪で披露することにこだわってきたのか。

その背景の一つに、テック企業の拡大に対する警戒がある。スマホ決済市場は主要2社による寡占状態にあるが、そこから得られる膨大な信用データを元に金融業等にも進出してきている。当局としてはデジタル人民元の導入により、決済分野を中心とした国内金融における銀行業の地位回復に働きかけるとともに、フィンテック企業もデジタル人民元の仲介機関として金融規制・監督の枠組みに包摂するといった狙いがあると考えられる。

さらに、今回の北京冬季五輪を契機に、国内での利用普及を促す狙いもある。積極的な勧誘のもと、昨年末時点でデジタル人民元アプリの個人アカウント数は2億を超える急速な伸びを示しているが、利用額は芳しくない状況である。北京冬季五輪で国内外の選手が使用する様子がテレビで放映されれば、国民にポジティブな印象を与えられるのではないか。

加えて、デジタル人民元は将来的に国際取引で使用可能にすることも計画されている。国際取引の領域では米ドルが圧倒的な地位を占めており、これを覆すことは容易ではない。だが、デジタル通貨の領域は未開拓の状態である。欧州は2021年にデジタルユーロの開発に向けて調査を始めた段階であり、米国では漸く今年1月20日にFRB(連邦準備制度理事会)がデジタルドルに関するディスカッションペーパーを公表したところである。北京冬季五輪で既に北京市内で実用段階にあること示し、デジタル通貨の領域での先行性を海外に印象付けることで、技術的な主導権確保、ひいては人民元の国際化につなげるといった思惑もあるのではないだろうか。

デジタル人民元の国内利用、国外利用いずれの計画においても、国内外で広く注目を浴びる北京冬季五輪は好機となるだろう。

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