気候変動とノーベル物理学賞

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2021年11月17日

  • コンサルティング第二部 主席コンサルタント 吉村 浩志

2021年のノーベル物理学賞の受賞者が公表されて1ヶ月が経った。複雑な物理系の理解における革新的な貢献に対して、真鍋淑郎、クラウス・ハッセルマン、ジョルジオ・パリージの3氏に授与されることとなったが、このうち真鍋氏とハッセルマン氏については、気候変動の予測に関連するものであり、開催を控えていた国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)と関連付けて受け止める向きもあった。

ノーベル物理学賞の発表に先立つ8月には、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書第I作業部会報告書(自然科学的根拠)が公表されている。この中では、「人間の影響が大気、海洋及び陸地を温暖化させてきたことには疑う余地がない」(※1)と断定的な表現がなされるなど、気候変動に対する研究の一層の進展を示唆するものであったが、こうした文脈に照らすと、両者が受賞した理由も理解できる。実際、ハッセルマン氏が発展させた指紋法(地表面の温暖化に寄与する要因を区分する手法)は、IPCCの報告書においても、温暖化に対する人為的要因と自然的要因を区分するために活用されている(下図を参照)。

図 SPM.1:世界の気温変化の歴史と近年の昇温の原因

こうした中、COP26が始まった。アメリカがパリ協定に復帰し、出席するなどの前向きな変化もある一方で、石炭火力廃止などについては各国の対応が分かれるなど、容易ではない部分もある(※2)。各国のエネルギー構成、電源構成や産業政策に違いがある以上、脱炭素化に向かう戦略や道筋については自ずと異なる見解が生じることは避けられないにしても、脱炭素化を目指す、大きな流れができてきていることは重要である。気候変動に対する科学的なエビデンスが蓄積し、理解が深まるに連れて、この流れはますます加速すると考えられる。

ビル・ゲイツは、近著『地球の未来のため僕が決断したこと 気候大災害は防げる』において、「20年前には、自分が気候変動について人前で話すことになるとは思っていなかった。そのテーマで本を書くなど想像してもみなかった」(※3)と断りつつ、「今後の10年を使って、2050年までに温室効果ガスを除去できる技術、政策、市場構造に集中して取り組むべきだ。今後の10年をこの野心的な目標に捧げること。悲惨な2020年への応答としてそれより望ましいものがあるとは、僕には思えない」(※4)と同書を結んでいる。確かに、「野心的な目標」である。しかし、そうした考えを持ち、積極的に取り組もうという動きが広がっているのも事実である。今年のノーベル物理学賞はそうした動きを象徴している。

(※1)IPCC第6次評価報告書第1作業部会報告書 政策決定者向け要約 暫定訳(文部科学省及び気象庁)(2021年9月1日版)
(※2)本稿の執筆時点(2021年11月5日)の情報に基づく。
(※3)『地球の未来のため僕が決断したこと 気候大災害は防げる』(ビル・ゲイツ著、山田文訳、早川書房、2021年)「はじめに」より
(※4)ビル・ゲイツ前掲書の「おわりに 気候変動とCOVID-19」より。この結びは2020年11月に書かれたという。
参考文献
「気候変動の「複雑な正体」に挑む」(吉川和輝、協力:野沢徹)『日経サイエンス』2021年12月号

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