米中交渉再開で高まる日本の輸入インフレリスク

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2021年10月13日

  • ロンドンリサーチセンター シニアエコノミスト(LDN駐在) 橋本 政彦

2021年10月4日に米国通商代表部(USTR)は、中国との通商協議を再開する意向を明らかにした。10月8日には早速、両国閣僚級による協議が行われたほか、年内には両国首脳によるオンラインでの会談が予定されており、バイデン政権発足以降停滞していた米中間の貿易交渉は、久々に本格化する。

10月4日にUSTRが公表した新たな交渉方針では、米国の今後の取組みに関して、大きく3つの重点項目が挙げられている。1点目は、2020年1月に成立した第一段階合意の履行状況、具体的には中国が約束した米国産品の輸入の増加を検証するというものである。2点目に、トランプ前政権下で発動された1974年通商法301条に基づく対中追加関税に関して、米国民の負担を軽減するための適用除外の手続きを再開するとされた。そして3点目は、第一段階合意で棚上げとなった、中国の国家主導での非市場的な貿易慣行の是正を引き続き求めていくというものである。

これらの重点項目を総じて見ると、バイデン政権の対中交渉姿勢は、トランプ前政権時のものを概ね踏襲しているといえる。301条に基づく追加関税に関して、適用除外の手続きを進めるとしつつ、USTRのキャサリン・タイ代表は「効果的な政策を生むツール」として、追加関税自体は引き続き活用していく姿勢を明らかにしている。追加関税の撤廃には、3点目に挙げられた中国の貿易慣行の是正が条件になるとみられるが、この点に関して米中間の隔たりは大きく、解決には長い時間を要する可能性が高い。

他方、USTRが1点目の重点項目として挙げた中国による輸入の増加については、早期に進展する可能性があるだろう。米国のピーターソン国際経済研究所の分析によれば、中国は第一段階合意で約束した米国産品の輸入に関して、2020年は目標の58%にとどまり、2021年についても8月時点の進捗率は69%にとどまっている。今後の交渉を有利に進めるため、中国にとっても米国からの輸入の拡大に積極的に取り組むインセンティブは大きい。

もっとも、中国の対米輸入の増加に関しては、米国の生産面でのボトルネックが生じる可能性に留意が必要だろう。米国では、人手不足や部品調達難、運輸業における需給ひっ迫などの供給制約に直面しており、既に生産の拡大が難しくなりつつある。こうした供給制約によって、米国は中国への輸出を思うように増やせないリスクがある。

また、仮にこうした供給制約があるにもかかわらず、米国が対中輸出を大幅に増やそうとすれば、他国への輸出が抑制され、米国からの輸入品の価格上昇につながる可能性がある。そうなれば、米中交渉とは直接は関係ない第三国にも価格上昇による悪影響が及ぶことになるだろう。米国が中国に対し輸入の増加を求める品目の中には、日本の米国への依存度が高い小麦や大豆なども含まれており、日本に悪影響が広がる可能性も十分に考えられる。日本ではこのところ、米国から中国への輸出の増加等を背景とした米国産牛肉の価格上昇が問題となっているが、米中交渉の再開をきっかけに、米国からの輸入価格の上昇がさらに多くの品目へと広がるリスクには注意が必要である。

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橋本 政彦
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