2021年10月07日
昨年1月に最後の百貨店「大沼」が閉店。空洞化が進む現状を踏まえ、山形市が百貨店跡地を含む周辺エリアの利活用アイデアを求めている。筆者は財務省広報誌「ファイナンス」で「路線価でひもとく街の歴史」(※1)を連載しており山形市も第2回でとりあげた。20回目を迎える連載で書いてきたまちづくり事例を念頭に今回のお題についてあらためて考えてみた。
戦災を免れた山形は城下町の町割がよく残る。霞城公園として残る山形城は二の丸までで、その外側に三の丸があって外堀に囲われていた。外堀のさらに外側に羽州街道が通る。商業地は羽州街道沿いに展開し、中でも賑わったのが旅籠町と七日町だ。両方が交わる場所を七日町四辻という。
明治になり、羽州街道のさらに外側に官庁街ができた。七日町通りを延ばして目抜き通りとし、つきあたりに県庁を配置した。官庁街には今でも市役所や地銀本店がある。近世と近代の街が隣り合うのが興味深い。七日町四辻には昭和初期のモダニズム建築で知られる旧梅月堂がある。ここは1974年(昭和49)までの最高路線価地点で、七日町通りには大沼百貨店を筆頭に大型店が集まっていた。
往時の勢いを失った中心街の再生にあたって大沼跡を含む周辺エリアをいかに起爆剤とするか。まず病院(市立済生館)の敷地の北面に水路(御殿櫃)、東面に外堀を復元するのが筆者のアイデアだ。水辺に沿って街路とし「大通公園」にする。病院は拡幅した栄町大通りに面して建て替える。大沼跡を含む七日町エリアには複合施設を整備し、連絡通路で病院とつなげる。
七日町にあった城の大手口、復元水路から大通公園を通り抜け、霞城公園エリアに至る導線をつくり、もって山形城と七日町の一体化を図る。復元外堀は全体のほんの一部だが、羽州街道のクランクと相似する水路と堀の“直角”が外堀全体をイメージするのに役立つ。堀1つでその内側が「丸の内」となる。病院と複合施設の間に広場を設けるのは両方の施設に一体性をもたせるためでもある。
病院が隣接する地の利を生かし、複合施設の中・上層階は高齢層メインの住居とする。血管系の疾患で再発リスクを抱えた住民のどれほどの安心感になることか。病床を容易に拡大できない病院にとっても在宅医療を通じた課題解決につながる。病院との相性を考えればホテルもよい。一泊ドック、付き添い人の宿泊需要を取り込む。下層階は商業フロアだが、せっかくなのでファサードは大沼百貨店をオマージュしたい。ただし創建時、つまり今から考えれば相当ミニサイズな時代のものだ。惣菜、スイーツ、化粧品や雑貨などジャンルは絞り込む。七日町通りに面することを考えれば小田原の駅前にできた「ミナカ」の宿場町テイストも参考になる。
郊外モールさらにネット通販の時代になり、商業中心としての市街地再生は意味を失った。これからの再生コンセプトは「住まう街」だ。もともと職住一体の住宅地だった城下町は、サイズ感も道路幅も景観も住まう街に最適化した街だ。成り立ちの姿に回帰するのには意味がある。
もうひとつ、まちづくりで歴史を大事にするのには愛着を深める意味もある。いわゆる「シビックプライド」だ。街の系譜に自らを位置づけ健全なプライドを持つことがコミュニティを大切に思う気持ちにつながる。思えば成熟した住宅街「御屋敷町」には相応のコミュニティがある。ここもとよく聞く「エリアの価値」とはそうしたものからできている。観光振興ばかりが能ではない。
(※1)連載は大和総研ウェブサイト「雑誌掲載記事」からも読めます
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- 執筆者紹介
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政策調査部
主任研究員 鈴木 文彦
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