人的資本の定量分析に目を向ける

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2021年08月23日

  • データアナリティクス部 主席コンサルタント 市川 貴規

企業の人的資本への関心が高まっている。昨年9月に経済産業省より公表された「人材版伊藤レポート」において、「経営戦略と人材戦略を連動させた人的資本経営が、持続的な企業価値向上に結び付く」との趣旨が説明された。また、本年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードでも、「人的資本への投資について情報開示を充実させるべき」とされた。これらの人的資本に対する社会的な要請に併せて、コロナ禍で先が見通せない不透明な状況下において、企業の礎である人的資本、そしてその人材戦略に注目が集まってきているのではないかと考えている。そういった流れの中で、筆者が特に意識しているのは、企業の人材戦略を意味あるものとするための「人的資本の定量分析」である。

そもそも定量分析を行うためには、企業の人的資本の定量化が必要である。その要素としては、従業員構成(男女比率、平均年齢、年齢別人数分布)、生産性(従業員一人当たりの売上)、人材開発に投入する費用といった定量化しやすい内容から、従業員のエンゲージメントスコアや健康への取り組み、経営者のリーダシップ等、定量化が難しい内容まで多種多様(※1)だ。ここで肝心なことは、これらの項目を定量化し開示して終わりにするのではなく、これを企業経営に活かしていくことである。企業のあるべき理想の姿と実態のギャップを埋めるために必要となるのが、人事施策の有効性評価やモデル化による定量分析である。

例えば、従業員構成に着目してみる。過去からのデータを時系列に並べて議論するだけでなく、そこから一歩踏み出して、データを数値モデル化し、その動きの特徴や変化の本質を捉える。また、退職給付会計計算で使用する退職率(※2)等を用いた「退職者動向分析や将来シミュレーション」、これに「従業員繋ぎ止めの施策」に対する有効性評価を組み合わせた「従業員のリテンション分析」といった様々な観点に分析の幅を広げていくことができる。これらの取り組みを積み重ね、必要に応じて施策を見直していくことにより、理想と実態のギャップを徐々に埋めていくことが可能となる。ただし、ここで言う有効性評価は、単純に「良かった」「悪かった」等の感想レベルの集計ではなく、定量化された各種数値(変数)の特性を理解したうえで、統計学的手法を組み合わせて人事施策の効果を正しく評価することである。感覚と経験に基づいた分析のみでは、表に見えない重要なファクター(※3)を見逃すリスクもあり、誤った結論に至ってしまうケースもあり得るので注意が必要だ。

企業を取り巻く社会環境は、絶えず変化しており、数年前の常識は今の非常識になっていることもある(逆も然り)。人事担当者は、どのような社会環境においても企業価値向上に結び付けることができるよう、一つ一つの人事施策がどのような効果を生み出し、これが人材戦略及び経営戦略と方向性が一致しているか、定量分析を行いながらPDCAサイクルを回して随時確認していくことが求められる。本コラムでは具体的な分析手法の詳細については割愛しているが、ここ最近のHRテクノロジー技術の進展もあり、統計分析そのものについてはこれまでと比較してハードルもかなり下がってきているのも事実である。まずは社内に散らばっている人的資本データを集めて、眠っている宝物を探してみるところから始めてみてはどうだろうか。

(参考図書)
大湾秀雄 『日本の人事を科学する』 日本経済新聞出版社 2017年
江崎貴裕 『分析者のためのデータ解釈学入門』 ソシム株式会社 2020年

(※1)国際標準化推進機構が定めるISO30414(人的資本の情報開示のためのガイドライン)にその体系が示されている。
(※2)全社員を対象とした通常の退職率だけでなく、より精緻な分析のためには事業所別・職種別の退職率を用いても良い。さらに議論を進めると動態的退職率も検討の価値がある。動態的とは、現在の実態に基づいて算定した基礎率(静態的)ではなく、時間の経過による実態の変化も考慮して算定する基礎率のこと。いずれにせよ分析内容に合わせて必要となる退職率を選択することがポイントとなる。
(※3)交絡因子の存在が分かり易い。本来は相関の無い事象の間に、何らかの要因(交絡因子)が存在することにより、相関があると見えてしまうこと。

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市川 貴規
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データアナリティクス部

主席コンサルタント 市川 貴規