新型コロナ感染症で岐路に立つ統計調査

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2021年07月15日

新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)感染症は経済・社会に様々な影響を与えたが、私達の業界にとって大きな影響の一つとして挙げられるのが、統計調査の実施が困難になったことだ。実際、厚生労働省の「国民生活基礎調査」では、調査に携わる保健所が新型コロナ感染症対応でマヒしたなどの結果、2020年における実施が中止された。その他、国勢調査も回答期間が延長されるなど多大な影響が出た。これまでも、個人情報保護の意識の高まりによる調査対象者の調査拒否や、オートロックマンションの増加等により調査員が調査対象者を訪問するのが難しくなるなどの理由で、統計調査の回答率は年々低下し続けてきた。さらに今回は新型コロナ感染症の影響も加わり、以前にも増して調査員が訪問を行う訪問調査や留置(とめおき)調査(※1)といった調査方法が困難となっており、調査員が介在しない郵送調査やインターネット調査への依存度が高まっているようだ(※2)。

しかし、郵送調査やインターネット調査には改善の余地も大きい。上記の調査方法と比べて一般に回収率が低くなること(※3)、訪問調査と比べると調査対象者が本当に回答したのかを確認できないこと、インターネット調査の場合は募集をかけて集まった回答者が答えるため、単純無作為抽出によって選ばれた回答者と比べて分布に偏りがあり、得られた推計値にバイアスがかかってしまうことなど、多くの課題を抱えている。最近ではビッグデータがもてはやされているが、これも標本抽出されたデータではないため、公的統計のような経済・社会全体の動きを見る代表性のあるデータには適していない。したがって、今回の新型コロナの影響によって、従来型の調査方法の重要性が大きく変わるものではないといえる。

ただし、調査方法も時代に合わせた変化は求められる。例えば、回収率が高いとされている留置調査では訪問回数を減らすため、回収時にインターネットによる回答が可能となるようにするなど、いわゆる調査方法のハイブリッド化が進んでいる。さらに、税務情報など日々の行政業務を通じて集められるデータはその利用が大幅に制限されているものの、基本的に回答拒否がない上、調査対象者を幅広くカバーしているため、公的統計の作成にさらに活用されていくことも今後は大いに期待される。こうした調査手法の模索が今後はしばらく続くことになるだろう。

日本の公的統計を規定する法律(統計法)は2007年に大幅に改定されて2009年から施行されており、2019年にも改正統計法が施行された。現行の統計法では、公的統計は単に行政における効率的な運用のためにではなく、「社会の情報基盤としての統計」という役割が明確にされた。そこでは、国民一般のために統計の利活用の向上を図り、各種統計調査の重複を避けるなどして回答者の負担が軽減されるように配慮することなどが強調されている。共働き世帯の増加など様々な理由で統計調査は岐路に立つが、統計調査は様々な政策立案や企業・家計の意思決定のための判断材料にもなっている。そのため、調査依頼があったときは私達もなるべく協力できるようにしたいし、政府もそうして集められた貴重なデータに基づいてさらに賢明な政策判断が行われることを切に望む。

(※1)調査票の配布時に調査員が調査対象者を訪問して調査の内容等を説明し、調査票は一定期間、調査対象者に預けて記入を依頼し、回収時には再び調査員が訪れて調査票を回収する調査方法。
(※2)こうした調査方法に関する現状の課題については、最近刊行された一般財団法人日本統計協会 月刊誌『統計』2021年6月号にも特集されている「特集 調査方法論(Survey Methodology)」ので参考にされたい。
(※3)ただし最近の研究によると、郵送調査でも様々な工夫によって訪問調査の回収率と変わらない実績を上げるものもあるとされる。

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溝端 幹雄
執筆者紹介

経済調査部

主任研究員 溝端 幹雄