普及が進む電子取引とデジタル資産の金融市場へのインパクト

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2021年05月26日

全てのアセットクラスにおいて電子取引(電子トレーディング)の普及率が高まっている。これにリーマン・ショック後の規制強化が加わることにより、伝統的な金融仲介機関の機能が後退している(※1)。電子トレーディング化の割合は各アセットクラスで異なるが、トレーディングの電子化は着実に進展している。近年、特に進んでいるのが、債券・債権などのフィクストインカム市場とOTC(Over The Counter; 店頭)デリバティブ市場である。取引の電子化が先行していた株式等では10年以上の期間を費やした電子トレーディング化が短期間で急速に進んでいる。このため伝統的な投資銀行のFICC部門(※2)が、その電子化のスピードにキャッチアップできず、同部門の労働集約型のビジネスモデルの陳腐化が急速に進んでいる。電子取引に関連するイノベーションは、特に米国の株式および国債等の規模の大きな市場への導入がなされることで、フローの部分での買いと売りのマッチングおよび清算などの取引コストを低下させてきた。これに加えて、新たな取引システムの初期の投資コストを大幅に削減してきたため異業種からの参入障壁が低下してきた。これらの要因により、新たな市場参加者として自動トレーディング(AT;Automatic Trading)と高頻度トレーディング(HFT)の戦略を追求する「プライマリー・トレーディング・ファーム(PTF)」が台頭してきている。電子トレーディング化が進む株式市場、FX市場だけではなく、フィクストインカム市場(特にディーラー間市場)で台頭し、流動性供給と金融仲介の本質的な部分に影響を与えるようなり、グローバル市場の構造的な変化を生み出している。

電子トレーディング化以上に既存の金融機関にとって脅威となる仕組みがパブリックチェーン上でのスマートコントラクト(※3)を活用したデジタル資産の金融取引手法である。金融仲介機関を介さずに金融取引ができる「Decentralized Finance(DeFi)」と呼ばれる分散型金融である。カストディアンや記録管理業務、金融機関や取引所などを一切必要としないシステムを構築することで、伝統的な市場に創造的な破壊(=負のレガシーから新たな市場への移行)をもたらす可能性がある。ただし、デジタル資産がメインストリームになるかは今後の規制の動向にかかっている。事実、大部分の国ではデジタル資産の規制はグレーなままである。日本ではデジタル資産(資金決済法上の暗号資産と金融商品取引法上のセキュリティ・トークン)の法的な定義が明確になったが、デジタル資産自体を活用したSTO(セキュリティ・トークン・オファリング)等スマートコントラクトを活用する資金調達の仕組みが既存の仕組みとの比較において優位性があまり見られないことなど、デジタル資産が期待される創造的破壊を生み出すまでには相当な時間を要すると想定される。

デジタル資産の活用先として今後想定されるのは、例えば機関投資家向けにしか組成できなかった大口の不動産等のプライベート市場の金融商品を個人向けの商品に組成することなどである。しかし、デジタル資産の組成というプロダクトアウト的なアプローチ以上に顧客ニーズの把握が優先されるべきであろう。この点について、伝統的な金融機関(運用会社)には、顧客本位の視点でテクノロジーを活用して既存のプラットフォームを再構築し、多種多様な投資家層に適応したアドバイザリーの強化の積極的な取り組みがより優先的に求められているのではなかろうか。その上でデジタル資産を自社の商品ポートフォリオの中で位置づける必要があろう。パッシブ運用に加えスマートベータなど新しい低報酬ファンドが増加する中で、伝統的な金融機関(運用会社)は単なるリターンの追求から、投資家や規制当局の視点が報酬に見合った価値(=バリュー・フォー・マネー)に向けられてきおり、投資家ごとの異なるニーズにあった運用成果(=アウトカム)が単なるリターンより重視されてきている。伝統的資産を中心とした既存の資産運用手法の範疇にある運用商品の価値は劣後し、マルチアセットストラテジーを駆使しながら、ESGの要素も含めて、アウトカム重視の運用商品・運用ソリューションの優位性が高まっているといえよう。このような状況を踏まえてデジタル資産の活用を考えていく必要があろう。顧客本位の発想を重視すれば、デジタル資産の活用を工夫する余地は大いにあるといえるのではないか。

(※1)内野逸勢・中村昌宏「投資銀行のビジネスモデルの分岐点 ~試される欧米の投資銀行と金融市場のレゾンデートル~」『大和総研調査季報』2021年4月春季号(Vol.42)掲載
(※2)債券・債権などのフィクストインカム商品(FICCのFI)、為替(FICCのC)、コモディティ(FICCの最後のC)の対顧客のエージェンシービジネスと自己資金の自己勘定ビジネス
(※3)自動契約。一般的には、契約とその履行条件を予めプログラミングしておくと、契約条件が満たされた際に自動で取引が行われるような仕組み

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内野 逸勢
執筆者紹介

金融調査部

主席研究員 内野 逸勢