地理図鑑から学んだ地方創生の本質

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2021年04月06日

新型コロナウイルス感染症が我々の経済・社会に影響を与え始めて、1年以上が経過した。緊急事態宣言は解除されたものの、感染者はまた増加傾向となっている。いつもなら春の陽気に誘われてこれからゴールデンウイークにかけて行楽地は多くの人で賑わうことになるのだろうが、本格的に人が戻るにはまだまだ時間がかかりそうだ。

旅行に行きたい気持ちを抑えつつ、コロナ禍で少しでも旅行に行った気分に浸るため、私は図書館から借りた日本の47都道府県の地理図鑑を眺めることにした。こうした情報はネットで調べることももちろん可能であるが、ネットは自分で選択した情報しか得られない。書籍などを手に取れば意図せず様々な情報に触れられるので、思わぬ発見を得られることが多い。

例えば、各地の地場産業や伝統工芸品がどのように形成されたかという点に興味が惹かれた。よくあるのは、その地域で金や銀、石灰石、森林などの資源が豊富にあったり、綿花栽培や養蚕に適した気候であったりするなど、その土地固有の要因が関係している事例だ。一般にこうした地場産業は、資源の枯渇や需要の低迷、安価な海外製品の輸入などがあると衰退しやすい面がある。

しかし、そうした逆境をバネにした事例も多い。福井県の鯖江地域でメガネフレームが有名になったのは、米の単作地域で冬場に農作業ができない農家の副業として、明治時代に大阪から職人を招いて始まったことに起因する。刃物製造などで培われた既存技術を活かして、現在は高級品を中心に競争力を維持している。長野県の諏訪地域で精密機械が盛んになったのは、太平洋戦争で東京の企業が疎開してきたことなどが契機だ。精密機械の生産にはきれいな水が必要で気候条件も諏訪地域が適していたこと、それまで諏訪地方で盛んだった生糸が戦争で対米輸出ができなくなって新しい産業を受け入れやすいタイミングであったこと、製糸工場で働いていた女子工員も豊富に存在していたことなどが重なり、戦後、長野県で精密機械が定着することになった。江戸時代に木綿で有名であった愛知県東部(三河)地域や静岡県西部(遠州)地域では、開国後、海外との激しい競争の中で、綿織物の生産効率を上げるため織機の生産が盛んになり、その技術をベースに輸送機械産業の一大拠点へと変貌を遂げてきた。また伝統工芸品の場合、江戸時代に藩主が他地域から職人を招いて、藩内の貧しい農家の副業になるような技術を伝えたことが契機となったという事例が各地で見られる。

こうした歴史的事実から我々が学ぶべき点は、地域の発展には、その地域固有の環境を活かしつつ、新しい技術を積極的に受け入れて、時代の要請に対応できる柔軟さを持つ必要があるということだ。単に産業を保護するのではなく、地域の歴史的経緯や地理的特性を理解して、未来に向かって変化していくための外部人材の活用や様々な支援を行う政策が望まれる。このような視点が、地に足の着いた地方創生を進めるために重要なのではないか。

コロナ禍では我々は様々な制約を強いられているが、一方でこれまで気づかなかった新たな発見を得る機会も多かった。新型コロナが収束に向かうには時間はかかりそうだが、落ち着いたら、地理図鑑で得た知識を実際にこの目で確かめるため、私はまた国内旅行に出かけたいと思う。

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溝端 幹雄
執筆者紹介

経済調査部

主任研究員 溝端 幹雄