グリーン(Green)かグリード(Greed)か。投資銀行の将来を占う分岐点

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2021年02月10日

コロナ禍にあって加速するデジタル化とグリーン化が投資銀行ビジネスにどのような変革をもたらすのであろうか。第一に、デジタル化・グリーン化による産業構造の変化に追いつけず、投資銀行のアドバイザリーのバリュー・プロポジション(顧客にとっての付加価値)が低下する可能性がある。デジタル化(デジタルトランスフォーメーションに近い概念)は、現在の産業の区分を超えて、大部分の既存の企業の事業特性を大きく変化させ、それによって投資家等のバリュー・ポジション(企業に対する価値基準)を再構築させることとなる。グリーン化(ESG投資に近い概念)も同様に、中長期的にはビジネスモデル自体をブラウン事業からグリーン事業へ事業特性を変化させることを企業に強いるため、バリュー・ポジションが大幅に変化していく。このように企業あるいは産業全体の特性が構造的に変化することで、投資家が保有する有価証券の価値の“持続可能性”に懸念が高まる。投資銀行がこの変化を先回りして、産業構造の変化を見極めるあるいは先導しなければ、M&Aを含むコーポレート・ファイナンスの中でのアドバイザリーという付加価値が低下していくこととなろう。投資銀行が抱えるリサーチ部門は、デジタル化とグリーン化の要素を企業価値評価の中に組み込むことが投資家から本格的に求められることとなろう。

第二に、デジタル化の進展により、資本市場におけるトレーダーのマーケットメイク等の機能と、投資家の注文に繋がる取引のアイデアの提供というセールスの機能という投資銀行の付加価値がこれまで以上に低下していくこととなり、伝統的なビジネスモデルの変革が必要となろう。投資銀行ビジネスにおけるデジタル化の代表であるアルゴリズム取引(高速アルゴリズム取引を含む)は金融機関と機関投資家には既に浸透しており、アルゴリズム取引自体もAI等の導入により進化している。このため将来的には既存の手法で金融取引の機会を提供するよりも、アルゴリズム取引の目的(大口取引のコスト・リスク削減、取引の高速・高頻度化による新たな金融取引の機会の発見等)を最大化するようなテクノロジーあるいはミドル・バック機能というインフラを提供することの重要性がさらに増すであろう。一方、グリーン化は、短期の投資リターンの追求ではなく、長期的に経済・社会の持続可能性を高めるような投資の結果を重要視する方向に投資方針を変換することを投資家・投資銀行に求めており、上記のミリ秒単位で収益機会を求めるデジタル化の目的とは相反する。

問題は、上記の企業と投資銀行のビジネスモデルの変化の移行期には、デジタル化・グリーン化が一部の投資家にとって積極的な収益機会として捉えられる傾向が高まることである。この移行期にはテクノロジーの進化、ESG関連の開示規制の改訂など、不確実な要素が満載である。このため、グリーン化、デジタル化の要素を加味した標準的な情報開示基準と企業価値評価基準が早期に形成されず、グリーン化・デジタル化という名目で調達された資金の使途目的が蔑ろにされる可能性がある。加えて、投資家の投資行動も形式的なESG投資に終始することで、企業あるいは産業のグリーン化とデジタル化が一種のバブルを生み出すリスクがコロナ禍で高まっているといえる。このようなリスクを回避するためにも、投資銀行は、デジタル化が有する一側面としてのGreed(欲望)型か、グリーン化を重視したGreen(グリーン)型かの二者択一ではなく、規制当局等と協力しながら、早期に2つの“G”をコントロールして、経済の成長とサステナビリティを両立させることに資するようなビジネスモデルに変革することが社会の要請であると認識すべきであろう。

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内野 逸勢
執筆者紹介

金融調査部

主席研究員 内野 逸勢