気になる「定年延長導入5年後の姿」
2020年09月24日
定年延長に関する問い合わせが続いている。「当面の間、再雇用制度を続けるので関係ない」と言っていた企業の担当者から「定年延長の導入が決まった」との連絡が突然入ったりする。話を聞いてみると同業他社やリーディングカンパニーの動向が経営者を決断させるようである。こういったトップダウンによる意思決定は実行までのスピードが要求されることが多く、充分な検討が行えないまま新制度導入に踏み切らざるを得ないといったことも想定される。また、定年延長は、時間の経過とともにその影響が大きくなっていくものであり、導入当初はあまり気に留めなかったことが後になって表面化することもあり得る。本コラムでは、このような視点から定年延長導入の留意点について簡単に触れてみたい。
当たり前の話であるが、定年延長(本コラムでは60歳から65歳への定年延長とする)を実施すると、今後5年間は定年退職者の発生はなく、60歳以降の社員が順次会社に残っていくことになる。これにより社員の平均年齢は上昇し、年齢別の社員数を表す人員構成ピラミッドの形状が変化していく。導入当初こそ影響は小さいが、新定年での退職者が発生する5年後には、従業員特性の異なる組織に変化しているだろう。言い換えれば、定年延長はこれまでの人員構成のバランスを変えてしまうということだ。仮に、それまで生産性が高く効率化された組織で運営されてきたとしても、従業員特性が変化してしまうと「新しい環境でも自動的に効率化された組織となる」、もしくは「非効率な組織に変化していく」のいずれも可能性があり、後者に該当するケースが発生することも考えられる。一度変化してしまった従業員特性は、新規採用者を調整しても簡単には元に戻せないため、新しい従業員特性において効率化される組織を再構築しなければならない。そのための具体的な手法については他に譲るが、いずれにせよ定年延長の検討段階で人員構成に関するシミュレーションを実施し、将来の従業員特性を把握しておくことが必要である。組織を再構築するタイミングが遅れると、その分無駄が蓄積され、制度改定のハードルが高くなることも当然である。
次に従業員の退職給付について注目してみる。前述の通り、今後5年間は定年退職者の発生がないため退職金の支払いが少ない。一方、企業が債務認識すべき退職給付債務(PBO)は、定年延長導入前後ではあまり変化しないということが一般的に知られており、PBOについては特に意識されていないケースが多い。しかしながら、PBOの将来シミュレーションを実施してみると、定年延長導入後5年間はPBOが急激に増加していく。これは退職金の支払いが少なくなる(給付としての取り崩しが発生しない)ことが原因である。もちろん、PBOが増加しても、外部積立の企業年金を実施していれば年金資産も同時に積み立てられており退職給付引当金の増加は抑えられる。また企業内引当制度(通常の退職金)の場合も、PBOの増加により退職給付引当金を積み増す必要があるが、同時に会社にとっての資産である現金も積み上がる(もしくは支払いが先延ばしされている)状態になっている。これらのことから定年延長によりPBOが急増しても企業財務を直接悪化させることには繋がらないと考えているが、各企業それぞれが置かれている状況は異なり、PBOの増加そのものが企業のリスクの一つとする企業も多い。将来のPBOの増加については充分留意しておくべきだろう。
定年延長は企業の未来を見据える制度変更と考えるべきである。定年延長導入5年後の姿を想像し、事前に充分な検討を行っておくことが定年延長を成功に導くのではないだろうか。せっかく定年延長を実施するのだから、これを企業の成長戦略の一つとして役立てて欲しいとも考えている。
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。
- 執筆者紹介
-
データアナリティクス部
主席コンサルタント 市川 貴規