金融機関の“脱本業”の現実味を左右するもの

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2020年08月06日

2019年度の金融業界(メガバンク、地域銀行(地銀)、生命保険会社(生保)、損害保険会社(損保)、証券会社)の決算説明会および中期経営計画の資料を概観すると、現状のビジネスモデルに対する厳しい表現が増えている。それもビジネスモデルの中核である本業を、“事業リスク対比で収益性が低く構造的な問題を抱える事業”として捉えているように記述している各金融業態を代表する大手金融機関の存在が、これまで以上に目立つ。

例えば、あるメガバンクでは、銀行業の事業基盤が重厚長大となることで低収益化しているとし、大手地銀の一つは銀行業だけでは持続的な成長は難しいとしている。保険業界では、保険と市場リスクの削減を推進するという大手生保があり、生保事業と海外損保事業を成長のドライバーとしている大手損保が存在する。証券業では、本業の生産性を向上させるとともに、他業態の事業を事業ポートフォリオに積極的に組み込む戦略を中長期的に実行する大手証券がある。さらに金融業全般を見渡すと“脱本業”という極端な言葉を使っている金融機関も出てきている。

この背景には金融業態を問わず、以下の五つの本業の構造的な問題があると考えられる。1)「ボリューム顧客数の減少」(企業数および生産年齢人口の減少への対応)、2)「主要顧客である高齢者の高齢化」(金融ジェロントロジーへの対応などコスト負担の増加への対応)、3)「大相続時代への移行」(既存の顧客が他の金融業態へ移行するリスクへの対応)、4)「本業の次世代ボリューム顧客層のニーズの変化」(既存商品ニーズの低下を伴う商品の多様化への対応)、5)「顧客接点の多様化と高度化」(テクノロジーの活用とコンサルティング能力の強化への対応)である。

これらの問題を解決するためには、本業の効率化によるコスト削減と同時に、新たな職務と新たなビジネスに対応できる人材教育と有能な人材確保に加えて、「金融デジタルトランスフォーメーション(DX)」という投資が必要となることは言うまでもない。その一方、投資家からは、本業の経営資源の規模を維持したままで経営資源を再配分し、本業の効率化だけで、将来の投資の原資を確保し、企業価値を向上させることが可能かとの懸念が高まっている。多くの金融機関では、収益環境が厳しくなる中、目先のコスト削減が重視され、将来の事業環境の変化に対応する本格的な設備投資にまで踏み込んで対応できていない状況にあると想定される。この状況を脱却するためには、収益性の高い「本業以外のビジネスの多様化」などによって、本業の抜本的な構造改革と新規の設備投資を目的とした資金を捻出することが優先されるべきではないか。このために、“脱本業”という戦略が位置づけられるべきであろう。このような資金捻出をした上で、新たな事業環境を見据えた投資を10年以上継続している金融機関があることは注目される。この動きは、金融業界だけではない。最近では、大手商社のコンビニエンスストア運営会社の100%子会社化、大手電機メーカーの金融会社の100%子会社化という戦略にも見てとれよう。

金融業界では、伝統的金融機関の規制が強化され、新規参入者への規制緩和される中で、企業価値を向上させるために、組織改革とともに事業ポートフォリオの抜本的な改革を実行に移すことが、投資家によって求められているのではないか。グループを統括する中核会社、持株会社を中心にして、本業のリスク管理を有効に働かせながら、中長期的に改革の流れを経営努力によって生み出す必要がある。それによって、本業の内部リストラ、ダイベストメント(投資撤退)、M&Aという正攻法が可能となろう。これまでの延長線上では想定できないような不透明な事業環境を生き抜くために、金融機関の経営者は“脱本業”の現実味を高めるぐらいの覚悟を持って本業の改革を進める体制を喫緊に構築する必要があるのではないか。

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内野 逸勢
執筆者紹介

金融調査部

主席研究員 内野 逸勢