キャッシュレス経済と格差問題の折り合い

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2020年02月25日

2020年1月23日にニューヨーク市議会は、レストランや小売店が顧客の現金払いを拒否すること、キャッシュレス払いのみ認めることを禁止する法案を可決した(※1)。法案では現金払いの顧客に対して追加料金を課すなど、キャッシュレス払いの顧客に比べて高い料金を請求することも禁止している(店内の機械で現金をチャージして使用するプリペイドカードを使った支払いは拒否されない)。小売店は、1回目の違反には1,000ドル以下、その後は違反ごとに1,500ドル以下の罰金が科される。法律は市長の署名後270日後に施行される。

米国の他の地域をみると、マサチューセッツ州では1978年以降、すべての小売店に現金払いの受け入れを義務付けている。昨年、フィラデルフィア市、サンフランシスコ市、ニュージャージー州、コネティカット州、ロードアイランド州でも同様の法案が可決されており、また、オレゴン州、シカゴ市、ワシントンD.C.などでは同様の法案が検討されている模様である。

この法律を提案したニューヨーク市議会議員は、キャッシュレス化の進展に伴い、キャッシュレス払いに慣れない高齢者や、銀行口座を持てずデビットカードを取得できなかったり、信用が低くクレジットカードを作れない低所得者、特に有色人種を差別することになる懸念がある旨述べている。法律はこうした人々を保護することが目的とされた。

実際、FDIC(連邦預金保険公社)の2017年の調べによると(※2)、米国で銀行口座を持たない世帯は全世帯の6.5%(約840万世帯)、銀行口座を保持しているものの銀行以外の代替的金融サービス(小切手換金業者、質店のローンなど)を利用する世帯は全世帯の18.7%(約2,420万世帯)に上るという。これらの人々は、現金払いを拒否されればレストランでの食事や小売店での買い物が難しくなる。

一方で、連邦準備制度の2018年の調べでは(※3)、全米の消費者の日々の決済手段の使用率は、デビットカード(28%)、現金(26%)、クレジットカード(23%)の順になっており、しかも現金の使用率は2012年の40%から年々低下している。消費者や小売店にとって、現金利用による煩雑さを回避できるなどのキャッシュレス化の有効性は今後も変わらないだろう。

キャッシュレス化により人々の利便性が向上する一方で、低所得者層やITを利用できない人々も含めた多くの人々がキャッシュレス化の恩恵を受けられる社会を実現することは、米国に限らず大きな課題であると思われる。この課題に関する米国での議論は、今後キャッシュレス化が進む日本への示唆となるだろう。

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執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 鳥毛 拓馬