タックスマンがやってくる?
2019年12月04日
ビートルズの“タックスマン”という曲をご存知だろうか?
1966年に発表された名盤リボルバーに収録された1曲である。歌詞の内容は、「いくら稼いでも(95%課税されて)給料の5%しかあげません。車で走ったら“交通税”、道を歩いたら“歩行税”、椅子に座ったら“着席税”も課税します。だって私は税務官(タックスマン)だから」と、当時の英国の高税率を風刺した曲である(後半には、当時の労働党ウィルソン首相の名前を叫ぶコーラスも出てくる)。
1960年代~1970年代の労働党政権下、高所得者を対象に最大83%(投資所得課税を含めると最高98%)まで所得税率が引き上げられたため、ロックスターの多くが、アンチ重税の曲を発表している。筆者が愛する英ロックバンド、キンクスの “サニー・アフタヌーン”(1966年発表)も同様に、タックスマンに全てを徴収され手元に残ったのは晴れた午後だけと嘆く男の歌である(彼らの代表曲“ウォータールー・サンセット“に出てくる、ウォータールー駅を通勤に利用しているのは密かな自慢だ)。
ただし、この高税率を課されたミュージシャンや芸能人、企業経営者などの多く富裕層は、節税対策のためこぞって英国から脱出した。ビートルズのメンバーはもちろん、ローリング・ストーンズのメンバーなど、多くのロックスターが近隣のスイスやフランスなどに逃げるように移住した。それを知った筆者は、庶民や若者の心を代弁するはずのロックスターが、実は節税対策に熱心だったことに気づかされ、がっかりした思い出がある。
ところが、この高所得者向けの課税強化が復活する兆しがある。12月12日に実施される総選挙に向け発表された労働党のマニフェストによれば、年収8万ポンド(約1,100万円、トップ5%に相当)以上の高所得者に所得税率45%が課され、さらに年収が上がると基礎控除の削減などから実質的に最高税率が67.5%となる場合もあるという。
労働党のコービン党首は“歩くソビエト連邦”の異名をとり、富裕層向けの課税強化だけでなく、大規模な公共投資や、鉄道、エネルギー、郵便事業(Royal Mail)の再国営化など、過激な社会改革プログラムを唱えている。これでは、まさに英国の社会主義への傾斜が鮮明となるだろう。一方、ジョンソン首相率いる保守党は、(さんざん批判されながらも)9年間続けた緊縮財政から、財政拡大に舵を切るとマニフェストで発表している。ただし財政拡大の規模が小さいと、さらに批判する論調も多く、これでは両党のどちらがましか分からなくなる。
本稿執筆時点では世論調査で保守党の優勢が伝えられているものの、労働党もじりじりと支持率を追い上げてきている。仮に労働党が政権を握った場合、今度は現代のスターであるエド・シーラン辺りが高税率に反発し、新曲でコービン首相の名前を絶叫するのだろうか?
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