ドイツの景気刺激策の可能性
2019年08月22日
「黒いゼロとの決別を迫られる黒赤連立」という見出しがドイツのメディアに踊っている。黒赤連立の「黒」はキリスト教民主同盟(CDU)/キリスト教社会同盟(CSU)の、「赤」は社会民主党(SPD)のシンボルカラーで、黒赤連立はCDUのメルケル首相率いる現在の連立政権のことである。一方、「黒いゼロ」とは政権発足時の連立合意にも盛り込まれた財政収支均衡を目指す方針のことで、この黒は財政収支の黒字のことである。
倹約を好む国民性のためか、あるいは第一次世界大戦後のハイパー・インフレーションの苦い記憶のためか、ドイツは過大な財政赤字を嫌う傾向がもともとあるが、ギリシャの財政赤字を発端とするユーロ圏債務危機のあと財政健全化に関してより厳格になり、「平時には財政収支は均衡させる」方針を採用している。そのドイツの財政収支は2014年以降、5年連続で黒字となった。好景気に伴う税収増に加え、金利低下で利払い負担が減少したことが貢献してきた。
しかし、ドイツが近々「2四半期連続のマイナス成長」という景気後退の定義を満たすかもしれないとの懸念が高まっている。4-6月期のGDP成長率(速報値)が前期比-0.1%となったあと、7月から8月にかけて景況感が一段と悪化している。製造業の景況感はここ1年半余り悪化傾向にあるが、それが卸売業や運輸業にも波及しつつある。ドイツ連銀も8月の月報で、7-9月期もマイナス成長が継続する可能性があると指摘した。
この状況下、ドイツ政府は財政出動を伴う景気刺激策を打ち出すべきとの声が、国外のみならず国内からも高まり、冒頭の見出しにつながっている。IMFやECBは以前からドイツが財政収支均衡を政策目標とすることを批判し、とりわけ世界経済の減速傾向が明確になる中で財政を活用した景気刺激策を勧告してきた。ここにドイツの産業界や経済学者、そして連立政権内からも景気刺激策を求める声が高まっている。
これに対して、ドイツ政府は当初は慎重な姿勢を示していたが、外需の落ち込みは企業の投資抑制やリストラを通じて、いずれ国内景気にも悪影響を及ぼすと予想される。ショルツ財務相は8月19日に「ドイツが景気後退に陥った場合、500億ユーロ規模の景気対策が可能」と金額を挙げて景気対策の可能性に言及した。景気後退となれば、「黒いゼロ」を順守できない言い訳となろう。
具体策への言及はまだないが、減税もしくは気候変動リスク対策が有力候補と考えられる。実は2023年までの中期財政計画において、2021年から連帯付加税の税負担を9割削減することが計画されているが、その1年前倒し実施あるいは完全撤廃を求める声が産業界から高まっている。連帯付加税とはドイツ統一のための財源確保を目的に、所得税と法人税に上乗せされた5.5%の付加税だが、ドイツ統一からすでに30年近くが経過するにもかかわらず存続しており、その撤廃が以前から求められてきた。一方、気候変動リスク軽減のための総合的な対策について結論を出す閣議が9月20日に予定されており、どのような対策にどれだけの資金を投じるか、財源確保のための環境債の発行が盛り込まれるかなど、議論の行方が注目される。
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