「罰則付き残業規制」施行開始、316万人が新基準に抵触する恐れ

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2019年08月13日

  • 小林 俊介

2019年4月以降、時間外労働の上限規制が施行されている。

同政策の特徴として「年間720時間の残業時間上限」が取り沙汰されることが多い。しかしこの720時間には休日労働が含まれない。休日労働も含めた月平均残業時間の上限は80時間に設定されており、論理的には年間最大960時間までの残業が可能となる。

また、中小企業への適用は1年後の2020年4月からとなる他、一部の事業・業務(自動車運転の業務、建設事業、医師など)への適用は5年後の2024年4月とされている。

こうした例外項目を踏まえつつ、本稿では、改正労働基準法への日本企業の対応の進捗度を確認する。

「労働力調査」を用いて2018年度の実績値を確認すると、適用が5年後となる前述の事業・業務を除いて、月間就業時間が平均220時間(残業時間はおよそ月間60時間=年間720時間)以上となった就業者(以下では長時間労働者、と呼ぶ)は、526万人(※1)であった。月間就業時間が平均240時間(残業時間はおよそ月間80時間=年間960時間)以上であった就業者(以下では超長時間労働者、と呼ぶ)は、316万人である。

なお、これらの数値は中小企業も含めた、全規模ベースのデータである。従って、上述した長時間労働を行っている者が2019年4月に施行された改正労働基準法の対象企業に勤めている者か、2020年4月以降に対象となる企業に勤めている者かは判別できない。しかし、2020年度以降は中小企業も長時間労働の是正を求められることになる以上、316万人という数字の持つ意味は重い。

一定の仮定(※2)を置いて、超長時間労働者316万人が残業時間を法定の960時間に圧縮した場合のインパクトを計算すると、年間約11.3億時間の労働時間が圧縮されることになる。就業者一人当たりの年間平均労働時間は2018年度実績で1,894時間であったから、11.3億時間は約60万人の労働時間に相当する。これは総就業者数の約0.9%に相当する規模であり、相応の対応がとられなければ労働投入量の「供給制約」を通じて日本経済の潜在成長力が明確に押し下げられる可能性がある。

いずれにせよ、上述したように、新基準に向けた日本企業の対応が未だ大幅に不足している。しかし、企業の取り組み等により過去に比べれば長時間労働者が減少していることも事実だ。長時間労働是正の機運が高まった2015年度の数値を改めて確認すると、適用が5年後となる前述の事業・業務を除いて、長時間労働者は588万人、超長時間労働者は367万人であった。これが3年間でそれぞれ62万人、51万人減少している。対応が未だ十分でないとは言え、それでも年間約20万人ペースで長時間労働者および超長時間労働者が減少していることは、大きな社会現象と言えるだろう。

では、日本企業は如何にして長時間労働の圧縮に対処したのだろうか。選択肢は①業容縮小、②人員補充、③ワークシェアリングの三つとなる。このうち①は(個社では多々あったことと推察するが)少なくともマクロベースでは当てはまらない。日本全体の総労働時間は3年間で月平均2.1億時間(101.1億時間⇒103.2億時間)、年間25.2億時間、増加している。

では如何にして日本企業は労働投入時間を確保・拡大したのだろうか。それが②と③だ。月平均労働時間別の就労人数を確認すると、明確に二つのカテゴリーで就業者数が大幅に増加している。まず、月間労働時間が100時間に満たない、言わば短時間労働者は3年間で135万人、増加した(適用が5年後となる前述の事業・業務を除く)。同時に、月間就労時間が141-180時間の、「ほぼ残業のない正社員」とみられる就業者数もまた、130万人増加している。これらの傾向は、前者は「若年層・高齢者の短期雇用での取り込み」、後者は「主に女性を中心とした非正規社員の正規化」を背景としたものとみられる(※3)。

もちろん、こうした対応にもいずれ限界が訪れる。生産年齢人口が減少する中、規制強化により追加的に11.3億時間の長時間労働削減を余儀なくされる中、日本企業は次なる対策に踏み切る必要性に直面するだろう。その中において雇用拡大の対象となるのは、短期労働者や女性のみではなく、シニア層(再雇用)、非労化した人材(就職氷河期世代)、外国人労働者などに広がってくる公算が大きい。

(※2)月間就業時間が241-260時間の就業者の平均残業時間は90時間(圧縮が必要な残業時間は10時間)、261-280時間であれば110時間(30時間)、281時間以上であれば130時間(50時間)と仮定を置いて計算した。

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