夏祭りより大事な銀行の地域密着

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2018年08月29日

筆者の場合、夏の思い出と言えば、銀行に就職し初めての赴任地で体験した「石巻川開き祭り」である。8月初めの開催期間中は朝から晩まで仕事そっちのけで祭りの手伝いをしていた。早出して商店街のアーケードによじ登り、投網を渡してモビールを吊った。昼は出店で焼き鳥を焼いた。途中で抜けて北上川のボート競漕(孫兵衛船競漕)に参加した。夜は社名入りのそろいの法被を着て、市内の目抜き通りを踊り歩いた。「大漁踊り」という。

「地域密着型金融」が言われて10年以上。建前はともかく、銀行の現場レベルで地域密着と問われて何を思い浮かべるだろうか。まずは地元の祭りに参加すること。支店長や営業担当者が足しげく取引先に通い経営者と茶飲み話をすること、一緒にゴルフに行くこと、酒席をともにすること、冠婚葬祭や盆暮れの贈り物を欠かさないことなども返ってきそうな答えだ。これらも重要なリレーション強化策ではある。

ただ、地域金融機関のビジネスモデルにかんがみればもっと大事なことがある。具体的に言えば、フェイスツーフェイスのコミュニケーションを通じて取引先の情報を集め、記録し、後々役に立つように整理しておくことが地域密着と思うのだ。そもそも地域金融機関のビジネスモデルは、事業基盤が不安定な先にも適正な金利で融資をし、与信リスクを制御しながら取引先の事業継続(とできれば成長)を支援することではなかったか。情報収集にもいろいろあるが、まずはリスク制御に着眼するのがよい。

たとえば一見不安定な先に融資継続するにあたって与信リスクを制御するのに必要な周辺情報がある。多くの中小企業にとって決算書は税務申告書と同じで、利益を控えめにする傾向がある。中には赤字の場合もあるが、それは表面上のことであって、経営者とその家族の年収と資産を合算すれば財務良好というケースもある。また、融資審査にあたって資料をお願いしたとする。ここでお願いした事実とその後約束通りいただいた事実を記録する。これも積み重ねれば信用情報となる。

リスク情報も重要だ。従業員が退職し人手不足に陥っているとか、経営者が高齢で健康上の悩みがあるとか、それにもかかわらず後継者が未定であるとか、決算書には現れないリスクの兆候を早期発見するのも大事なことだ。もっともこれはリスク情報とは言い切れない。人手不足なら人材紹介、売上低迷なら新たな得意先を紹介するなど、中小企業の困りごとは銀行の経営支援ビジネスのタネでもあるからだ。

単に顧客との距離を縮めることが地域密着ではない。定性、定量にかかわらずデータを集め、記録し、与信リスクの制御や取引メイン化につなげることこそ真の地域密着と言えよう。ちなみに個々のコンタクト情報は期待や臆測を交えず淡々と記録することがコツだ。

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鈴木 文彦
執筆者紹介

政策調査部

主任研究員 鈴木 文彦