続・消費増税の影響を巡る過小推計レトリック
2018年08月20日
消費増税の影響を過小推計する評論家が後を絶たない。
前回2014年の増税時には、消費増税の「代替効果」のみが大々的にクローズアップされる一方、「所得効果」の議論が不十分であった。「代替効果」は消費増税前の駆け込み需要と、その反動である。駆け込み需要と反動は概ね同等となるため、均してみれば確かに大きな影響は生じえない。しかし本質的に重要な意味を持つのはむしろ「所得効果」である。これは消費増税によって物価が上昇した分だけ、実質所得が低下することによって半永続的に消費が抑制される効果だ。この効果が見落とされていた結果が「想定外」の消費減退だったわけである(※1)。
次回2019年の再増税に向けて各種の試算が行われ始めているが、さすがに「所得効果」を見落としている見通しは前回に比べて少ないようだ。しかし過小推計を行うためのレトリックが周到に用意されている。ここで重要な役割を担うのが「限界消費性向」と「平均消費性向」の使い分けだ。「限界消費性向」は、「一時的に」実質所得が増減した場合に、どの程度消費が影響を受けるかを測る指標である。他方で、「平均消費性向」は、「恒常的に」実質所得が増減した場合の消費の増減を捉えるものだ。なお、日本全体でみれば「限界消費性向」は40%前後と推計されるが、「平均消費性向」は98%である(2016年度SNA確報ベース)。
さて、消費増税という「恒常的な」実質所得の減少をもたらす政策の効果を考える上で、採用すべき指標はどちらだろうか。これは言うまでもなく「平均消費性向」だろう。しかし、実際に推計担当者たちが採用している指標は所属の官民を問わず、ほぼ例外なく「限界消費性向」だ。かくして、「3兆円増税しても消費は1兆円しか減少しない」という摩訶不思議な推計が量産されるのである。この推計が本当に正しいとすれば、残りの2兆円は毎年、家計貯蓄の取り崩しによって対応されることになる。それでも家計は消費行動を見直さないのだろうか。常識に照らしても疑問の余地が大きい。
念のため断っておくが、本稿で消費増税の是非そのものを議論するつもりは毛頭ない。財政健全化は死活的に重要な政策課題であり、消費増税はその課題解決に向けた現実的な政策ツールだ。問題は意思決定のプロセスに誤った情報が混ぜ込まれることにある。増税の影響を過小推計するためのレトリック作りに拘泥することが、建設的で健全な政策論議とは到底考えられない。この種の議論が政策論壇で蔓延する限り、政府の意思決定プロセスに対する国民の信認が損なわれ、却って財政健全化が遠のくのではないだろうか。
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