ラストベルトにとっての通商政策

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2018年04月11日

  • ロンドンリサーチセンター シニアエコノミスト(LDN駐在) 橋本 政彦

筆者は最近、オハイオ州を訪ね、現地企業と意見交換をする機会を得た。オハイオ州は、自動車産業をはじめとする製造業が産業の中心を占め、2016年の大統領選挙でトランプ氏を大統領にした場所とされる「ラストベルト」の一角を占める。

訪問時期がトランプ政権による鉄鋼・アルミニウムに対する関税が発表された直後だったこともあり、現地企業でもとりわけ通商政策に対する関心が高まっていた。ただし、やや意外だったのは、現地企業の多くは一連の関税措置の導入に対する懸念を示しつつも、通商政策をめぐる最大の関心事として、NAFTA再交渉の行方を挙げていたことである。

米国製造業のサプライチェーンにおいては、NAFTAの重要性が非常に高い。米国にとって最大の輸入相手国は中国であるものの、中国からの輸入の7割強は消費財、資本財などの最終財が占めている。対するNAFTAについては、カナダ・メキシコ合計の輸入額は中国を上回り、そのおよそ半分は1次産品および中間財である。NAFTAの枠組みが大きく変更された場合、企業はサプライチェーンを大きく見直す必要があり、そのコストは非常に大きなものになる可能性が高い。

加えて、カナダ・メキシコは、中国に比べて輸出先としてもウエイトが大きい。このため、仮にNAFTAの再交渉が決裂した場合、直接的な悪影響は、中国との貿易摩擦よりも深刻なものとなるという意見が多かった。NAFTAの再交渉は、2018年3月までに既に7回の会合が行われ、当初の計画よりも交渉が長引いているが、米国政府による強硬な要求に対しては、カナダ・メキシコのみならず、米国産業界からの反対意見も強い。

他方で、足下で懸念が高まっている中国への関税導入については、NAFTAの見直しほどには産業界からの反対意見が大きくならない可能性があろう。サプライチェーンにおける重要度が相対的に低いことに加えて、現地企業からは、中国向けの関税は望ましくないものの、中国を友好国とみなす意見は非常に限られ、中国に対しては何らかの措置を取るべきという意見が少なくなかった。また、トランプ大統領が就任直後に離脱を決定したTPPについて、現地企業は自由貿易の促進という文脈よりはむしろ、他国と協力して中国に圧力をかけるための枠組みとして期待していたようだ。

中国向けの関税の導入は、中間選挙に向けたトランプ政権による、保守派支持層へのアピールと指摘されている。実際、トランプ大統領の支持率は、依然低水準ながらも、足下でわずかに持ち直しており、これには中国向けの関税の導入が影響している可能性がある。米中による大国同士の貿易戦争は、両国の経済のみならずグローバルに悪影響を及ぼす公算が大きいものの、経済合理性のない関税措置が実行に移されるリスクは高まっている。

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橋本 政彦
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ロンドンリサーチセンター

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