米国で求められる非熟練の外国人労働力

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2018年04月09日

米国の移民政策が揺れている。米国には、幼少期に親と不法入国した若者の強制送還を猶予する"DACA"(Deferred Action for Childhood Arrivals)や、米国への移民が少ない国の人を対象に年間5万件の永住ビザを発給する"DVプログラム"(Diversity Immigrant Visa Program)などの制度があり、多くの移民を受け入れてきた。

しかしトランプ政権は、これらDACAやDVプログラムを撤廃する意向である。さらに、外国人労働者が米国人の雇用を奪い賃金水準を引き下げているとして、家族や親族の呼び寄せなどファミリーベースによる移民流入を制限する方針を掲げている。背景には、米国人の雇用を優先させることで、2018年11月の中間選挙に向けて保守派の支持基盤を強化したいとの思惑があるのだろう。

しかしながら、米国の労働集約的な産業の多くは、非熟練の外国人労働力に支えられている。その主な供給源である移民を抑制することは、米国経済に深刻な影響を与えかねない。米シンクタンクは、今後、米国内でニーズが高まるのは非熟練労働者だとの見方を示している(※1)。また、米労働統計局「職業展望ハンドブック」(Occupational Outlook Handbook)では、2016年から2026年までの就業者数の伸び率が高いと予想される20職種を公表しているが、就業者数の伸び率や就業者の増加数が特に大きいとみられているのは、在宅看護師(Home health aides)や在宅介護士(Personal care aides)などであるという。労働需要が非常に強まるこれらの職種に求められる能力は、高校卒業程度のレベルで十分とされている。それに対し、大学院レベル(Master's degree)の高度な能力を必要とする医療専門職(PA)や認定看護師(NP)(※2)、数学者・統計学者などについては同様に労働需要が強まるものの、在宅看護師や在宅介護士と比較すれば相対的に伸び率が低く見込まれている。

現在、米国では毎日約1万人のベビーブーマー世代(1946~64年生まれ)が65歳を迎えており、日本と同様に医療・介護需要が増加している。すでに人材確保が困難になりつつある在宅ケアサービスや介護施設を運営する事業者は、ファミリーベースの移民の受け入れを制限しようとする政府の動きに懸念を示している。

米国の全就業者に占める移民の割合は16.5%(2015年)だが、労働集約的な産業ではこの割合は特に大きい。たとえば、農業従事者の7割以上が移民である(※3)。米国がこれまでのように移民の労働力に頼れなくなれば、労働集約的な産業では国内の人手を確保するために、賃金の引き上げや就労環境の改善が一層求められることになろう。ICTやロボット導入などによる生産性の向上で人件費の上昇を吸収できない企業は、コストを販売価格に転嫁せざるを得ず、結果としてそれは米国民の購買力と生活水準を低下させる。一方、価格転嫁ができない企業は事業を継続することが困難になろう。米国が移民の労働力に大きく依存した産業構造を変えることなく、政治的な観点から非熟練労働力の受け入れを抑制することの代償は大きい。

(※1)Center for Global Development, "US Immigration Reform and Guest Workers" (August 5,2013)
(※2)米国のPAやNPは、医師の監督の下で医療行為や処方を行うことができる専門職。
(※3)New American economy, "Labor-Intensive Industries"

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執筆者紹介

政策調査部

研究員 石橋 未来