アメリカの医療制度に感じる不便

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2017年04月19日

  • ロンドンリサーチセンター シニアエコノミスト(LDN駐在) 橋本 政彦

アメリカで生活をしていると、日本との制度の違いなどから、日常生活をする上で苦労する場面が少なくないのだが、筆者が思うその代表例は医療制度である。

アメリカには公的な皆保険制度がないため、公的医療保険プログラムの対象者となる低所得者や高齢者以外の人は、高額な医療費に備えるために民間の医療保険に加入することになる。オバマケアによってアメリカ国民は何らかの医療保険に加入することが義務付けられたが、罰金を支払えば医療保険に加入しないという選択も可能であり、実際に多くの人が無保険であることは、日本でもよく知られるところであろう。

しかし、実は医療保険に加入していたところで、それが必ずしも全ての医療機関で利用できるわけではない。また、同じ医療機関に勤める医師であっても、医師によって利用できる保険会社が異なることも珍しくない。つまり、医療サービスを受ける際には、加入している医療保険が利用できるか否かを事前に確認する必要がある。そのために保険会社は、加入する医療保険プランによって利用できる医療機関や医師のリストなどを公開している。

アメリカでは、定期健診や風邪などの病気の際に診察を受けるための「かかりつけ医(Primary Care Physician)」を決めるのが一般的であり、加入する医療保険が利用できるかかりつけ医は一度探せば事足りる。だが、かかりつけ医の休診日や時間外、急病の場合、あるいは特別な検査などのために専門医に掛かる際には、その都度、自分が加入する医療保険を利用して受診できる医療機関や医師を自分自身で探す必要がある。何かと病気やケガが多い子どもがいる場合などは、こうした医療機関探しに掛かる手間と労力は決して小さくない。

加えて、アメリカでは医療費に関する公定価格がなく、基本的には医療機関や医師の言い値によって決められているのも、非常に厄介である。しかも、医療保険を利用した診察の場合、医療機関や医師によって提示された医療費は、保険会社が交渉することで割引され、そこから保険会社の負担分が差し引かれて最終的な自己負担額が決められる。経験上は、医療機関が医療費を直接、保険会社に請求することが大半だが、場合によっては患者が一旦全額を立て替え、後日、小切手で自己負担額との差額が保険会社より返金される。そうなると、一時的とはいえ結構な金額を立て替える必要があることに加え、最終的な自己負担額は小切手が送られてくるまではっきりしない。

トランプ政権が意気込んで取り組んできたオバマケアの廃止・置換えは、法案の撤回ということで一旦は頓挫することとなったが、今後も議論は続けられると見込まれる。医療制度に対する立場はさまざまであり、全ての人が望むような制度設計は非常に難しいと思われるが、利用しやすい簡素な制度を望むというのはおそらくアメリカ国民の総意なのではないだろうか。

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橋本 政彦
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ロンドンリサーチセンター

シニアエコノミスト(LDN駐在) 橋本 政彦