フェア・ディスクロージャー・ルールと決算短信簡素化

-アナリスト受難の時代とならぬ工夫を望む-

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2016年11月24日

  • 吉井 一洋

2016年4月に金融審議会(金融庁所管)のディスクロージャーワーキング・グループ(以下「ディスクロWG」)報告で提案された二つの改正が、現在、実現しつつある。一つは、フェア・ディスクロージャー・ルール(以下「FDルール」)の導入で、もう一つは決算短信の簡素化である。

FDルールとは「公表前の内部情報を特定の第三者に提供する場合に当該情報が他の投資者にも同時に提供されることを確保するためのルール」である。自社の株価に影響を与えるような重要な未公表の情報を、その企業が特定のアナリストや投資家にだけ教えたのでは、他の者との間に不公平が生じる。これを防止するため、企業が未公表の重要な情報を特定のアナリストや投資家に伝えた場合、それが意図的ならば同時に、意図的でなければ速やかに開示し他の者にも伝えることを求めている。

FDルールについては、金融審議会の市場ワーキング・グループ(市場WG)の下に設置されたタスクフォース(TF)で、2016年10月21日から本格的な検討が行われている。年内にTFから市場WGに検討結果を報告し、来年の通常国会に金融商品取引法の改正法案が提出されるものと思われる。

FDルールは米国・欧州で既に導入されているが、ルール導入の主眼をアナリストや投資家への平等な情報提供に置くのか、企業の情報開示の促進による市場への充実した情報提供に置くのかによって、ルールの性格が異なってくる。前者に力点を置きすぎると、分析に必要な情報が「平等」に出てこなくなるおそれがある。重要な情報の適時開示を原則としつつ、未決定・未公表の段階で特定の第三者に伝達した場合は、FDルールに基づき当該情報の開示を義務付ける等、適時開示を補完・促進しつつ市場の公正・公平を保つルールとすることが望まれる。他方で、アナリストや投資家が、断片的な情報(いわゆるモザイク情報)を取得し、自己の知識・経験等や他の情報と組み合わせることで業績予想や企業分析に役立てることを極力妨げないルールとすることも必要である。スクープ報道がなされた場合の対応なども、課題として挙げられよう。

決算短信に関するディスクロWGでの議論は、利用者から見ると、簡素化ありきで議論された印象がある。東京証券取引所が10月28日から11月27日にかけてパブリック・コメントを実施しており、年内に簡素化の具体的な内容が固まる予定である。アナリストや投資家は、決算短信が、連結財務諸表やセグメント情報などの主要な注記の添付なしで、売上高や利益などのサマリー情報のみで開示されることを懸念している。そのような開示では決算の内容の分析は困難である。加えてFDルールにより、企業が財務諸表を公表するまでの間は、決算の分析に必要な財務情報をアナリストや投資家が企業から入手できなくなる可能性もある。そのようなことが生じないよう、企業に積極的な開示を促す工夫が必要となろう。

また、FDルール導入のための法改正から施行まで1~2年の周知期間を置く場合、施行までの期間中は、日本証券業協会の「協会員のアナリストによる発行体への取材等及び情報伝達行為に関するガイドライン」の適用を受けるセルサイドのアナリストのみが、決算短信簡素化に伴い、決算分析に必要な財務情報を入手できない事態も起こり得る。そのようなことがないよう、関係者間の調整が望まれる。

(参考)

フェア・ディスクロージャー・ルール

決算短信、大幅簡素化へ

日証協によるアナリストの取材等に関するガイドライン

アナリスト受難の時代へ?

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