日本国憲法は9条のみにあらず

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2016年05月19日

  • 吉井 一洋

安倍政権の誕生以来、憲法改正に関する議論が熱を帯びている。今年の5月3日も、各地で憲法に関連する集会が開催されたようである。憲法改正の議論に関しては、ともすれば、護憲派=憲法第9条維持=リベラル、改憲派=憲法9条改正=保守という分類をされがちのようだが、日本国憲法は9条だけではなく、前文と103の条文からなる。自由民主党が平成24年4月に決定した「日本国憲法改正草案」(以下「自民党草案」)では、前文を全面的に書き換え、形式的なものも含めほぼすべての条文を改正し、110の条文からなる構成としている。9条だけが論点とされているわけではない。

重要な論点として挙げられているのは、例えば「立憲主義」である。「立憲主義」の解説としてよく強調されているのは、憲法を守る義務があるのは、国民ではなく国であるという点である。人権は国が与えるものではなく、そもそも個人に生まれながらに備わっているものであり、憲法は、個人の権利・自由を保障するために国の権力を制限することを目的とするとの考え方である。それ故に憲法は最高法規たりうるとしている。

これに対して、自民党草案のQ&Aでは、立憲主義は国民の義務規定を設けることを否定するものではなく、「国家・社会を成り立たせるために国民が一定の役割を果たすべき基本的事項については、国民の義務として憲法に規定されるべき」としている。他の多くの立憲国家の憲法では、国民の国防義務や憲法擁護義務が盛り込まれている旨を述べている。

現行憲法では、人権を制約する根拠として「公共の福祉」を挙げている(12条、13条等)。自民党草案はこれを「公益及び公の秩序」に置き換えている。その趣旨について、自民党草案のQ&Aでは、基本的人権の制約は「人権相互の衝突の場合に限られるものではないことを明らかにした」としている。また、自民党草案では、「表現の自由」(21条)について「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動」は認められないとしている。他方で、自民党草案では、現行憲法にはない、「個人情報の不当取得の禁止等」、「国政上の行為に関する(国による国民への)説明の責務」、「環境保全の責務」、「犯罪被害者等への配慮」などの規定を盛り込んでいる。

現行憲法と自民党草案のスタンスの違いを端的に表しているのは、憲法の目的や精神を述べる前文であろう。自民党草案では現行憲法の前文が全面的に書き換えられている。

現行憲法では、国民主権、国民が憲法を確定すること、「国政は国民の厳粛な信託によるもの」であり、その権力は国民の代表者が行使し、その福利は国民が享受すること、これらは人類普遍の原理で憲法改正によっても否定できないこと、平和主義、崇高な理想と目的を達成することを述べている。

自民党草案の前文では、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重を述べているが、基本的人権は国民が尊重するものとしている。日本は「国民統合の象徴である天皇を戴く国家」であること、日本国民は「国と郷土を」「自ら守り」、「和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する」こと、「教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる」こと、日本国民が「良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため」に憲法を制定するとしている。

憲法の議論は、論者の思想信条を反映している面があり、ともすれば議論は感情的になりがちと思われる。多様な選択肢があってしかるべきだが、単純な対立軸での議論が行われ、国民の間に修復不可能な溝を生み出すことは回避すべきであろう。

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