TPP交渉がマレーシアに与える影響は?

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2015年10月20日

交渉開始から約5年半、12か国で構成されるTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉参加国は大筋合意に至った。TPPは関税率削減だけでなく、知的財産、政府調達、労働、環境等、広範囲な分野を網羅する非常に自由化度の高い協定である。また、各国の自主性が重んじられるAPECとは異なり、TPPの合意内容に関しては、国際約束として各国の遵守が求められる。このように、自由化度の高さや徹底されたルールという点から、TPPが各国に求める水準がいかに高いものかを想像するのは難しくないだろう。

そのような協定の交渉に、東南アジアからは4か国(ブルネイ、マレーシア、シンガポール、ベトナム)が参加している。これらの国は、TPPが創出する新たな経済機会に期待を高める一方で、痛みを伴う構造改革という課題に直面している。

マレーシアもその一つである。そもそも、マレーシアが交渉に参加するきっかけとなった一つに、難航していた米国とのFTA(Free Trade Agreement)交渉がある。これをTPPという場で実現することで、頭打ち状態にある米国向け輸出を拡大することがその目的だ。米国とのFTA交渉が難航した理由は、マレーシアのセンシティブ分野(特に政府調達)にあると指摘されている。マレーシアでは、国家とブミプトラ企業グループ(主に、ブミプトラ政策のもと優遇して育成されてきたマレー系企業)のつながりが強く、国営企業や、政府調達の分野で優遇措置が取られてきた。これまでも、マレーシアはモノ・サービスの自由化を可能とするFTA締結の際、政府調達は自由化の対象外としているほか、幅広い分野の自由化を可能とするEPA(Economic Partnership Agreement)締結には消極的であった。背景に、ブミプトラ企業グループへの配慮があったことは明白だろう。したがって、TPPへの参加は、既得権益で守られてきた分野の構造改革にマレーシアが初めて直面する機会になることを意味しているだろう。

さて、国内の反応はというと、非常に厳しい。マレーシアではナジブ現首相の汚職疑惑に揺れており、その批判は同政権の政策そのものにまで及んでいる。そもそも、同国では経済協定の承認を議会に求める必要はないのだが、ナジブ首相は反対派への考慮から、2013年にTPP協定のみ議会での承認を得ることとした。これが今となっては、皮肉にも自らの首を絞める結果となっている。

国内政治情勢からみると、今はTPPを推し進めるベストタイミングではない。とはいえ、構造改革に背を向け、新たな成長機会を逃すのは、「2020年までの先進国入り」を目指す同国にとって大きな機会損失になる可能性が高い。マレーシアがどのような決断を下すのか、注目したい。

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増川 智咲
執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 増川 智咲