再び争点となったシンガポールの外国人受け入れをめぐる問題

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2015年09月17日

  • 経済調査部 研究員 新居 真紀

9月11日に行われた総選挙(全89議席)で、人民行動党(PAP)が引き続き政権を担うことになった。独立時代から約半世紀にわたって一党支配を続け、経済成長を最優先する強大なリーダーシップによりシンガポールを先進国に導いたPAPであるが、外国人受け入れ政策が争点となった前回2011年の総選挙において、野党で唯一議席を持つ労働者党(WP)に過去最多の7議席を奪われた。今回の選挙ではWPが議席を拡大できるか注目されていたが、PAPが得票率を前回の60.1%から69.9%に伸ばした一方、WPは前回から1議席失う結果となった。

外国人の受け入れをめぐっては今回も争点の一つとなったが、発端は外国人の流入が住宅価格を押し上げ、賃金上昇を抑制し、就業機会を侵食し、交通渋滞を慢性化させているとの野党や国民からの批判が相次いだことにある。実際に2009年後半の不動産価格は一時急騰し、続いて消費者物価指数(CPI)も上昇して、2012年半ばまで前年比4%台で高止まりしていた。その後、投機に対する抑制策等により、不動産価格(前期比)は2013年第4四半期以降マイナスに転じ、足元のCPI(前年比)もマイナス傾向が続いている。政府は外国人受け入れに対する議論が過熱するなか、毎年新たに認可するPermanent Residents(永住権取得者、以下PR)を3万人前後にとどめることで、PR総数は2010年をピークに緩やかに減少している。また、2014年に国民を優先して雇用するFair Consideration Frameworkを施行しているが、こちらはシンガポール国民の離職が多い等、政策効果が疑問視されている。

PRの受け入れには抑制的である一方で、外国人労働者はこの10年間一貫して増加傾向にある。その背景には労働力不足があるとみられる。外国人労働者はPRに比べて短期的な人的資本として受け入れやすく、Singapore Department of Statisticsによると2014年の就業者全体に占める在留外国人労働者の割合は年々拡大し2014年時点で38.9%である。それでもなお、欠員率は建設業以外のほぼ全ての業種で上昇傾向にある。政府が外国人雇用税について2015年7月からの引き上げを2016年6月末まで見送ったこと、また高齢者の再雇用年齢の上限引き上げ(法定退職年齢である62歳以降の雇用継続を2017年をめどに現行の65歳から67歳まで延長するというもの)を発表したことからも、労働力確保に腐心している状況が窺える。

最近の政府の発表を見る限り、成熟期を迎えた同国が引き続き安定成長を実現するための重点施策は、経済を牽引する高度な産業の創出と生産性向上、そしてそれらに貢献できるより高い専門性や技能を持ち合わせた人材の育成と確保にある。2015年末に発足するASEAN経済共同体が、まさに高技能労働者を対象とした移動自由化を掲げていることからも、いずれシンガポール政府の意向に追い風となり、同国経済にプラスの効果を発揮することが期待される。今回の選挙は、PAPの外国人の受け入れを含めた諸問題への対応に対し、未だ多くの課題は残っているにしても、ある一定の理解を得られた結果といえる。経済活力としての労働力確保と世論との狭間で難しい調整が続く外国人受け入れ政策は、次の成長路線に進む上でも重要なポイントの一つになるだろう。

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