配車サービスアプリで読み解く中国消費者のニーズ

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2015年09月16日

8月中旬、中国北京市周辺に滞在する機会があった。筆者にとって、留学や旅行を通じてこれまで幾度も訪れたことがあり、非常になじみの深い地域である。しかし、訪れる度に社会には変化が見られ、驚きに満ちあふれている。

今回の驚きは、配車サービスアプリの登場によるタクシー業界の変化である。これまでの中国のタクシーに対するイメージとしては、サービスの悪さが挙げられる。お客の行きたい方向とタクシーの運転手が走りたい方向が違うため乗車を拒否される、運転手は携帯電話でチャットしながら運転する、等々は日常茶飯事である(※1)。従来、タクシーを利用したい人が多すぎることや、利用者のタクシー料金の安さ重視、といった背景から、タクシー運転手にとってサービスを改善するインセンティブがなかったと考えられる。

しかし、足元ではタクシー業界のサービス向上に対する圧力が強まっている。圧力の原因となっているのが、配車サービスアプリの浸透だ。配車サービスアプリの仕組みは、配車サービスを利用したい人が携帯アプリで現在地と行先を入力すれば、アプリに登録した最寄りの運転手がすぐに到着し、運転してくれるというシンプルな仕組みである。配車サービスアプリの先駆けとされる米国発のUberを例に挙げれば、世界の主要都市ですでにサービスが提供されており、中国・日本においても2014年からサービスの利用が可能である。

配車サービスアプリの特徴は、利用者による運転手のサービスに対する満足度評価(Uberであれば、5点満点)が存在することだ。アプリの運転手は一定点数以上の評価(Uberであれば、4.6点以上)を維持することが義務づけられており、結果的にサービスの悪い運転手は淘汰されていく。また、利用したい車種を選べることから、ハイクラスで清潔な車に乗ることができることも強みである。正規料金はタクシー(初乗り:10元~15元程度)よりも配車サービスの方が割高(初乗り30~40元)になるが、各アプリがシェアを取るために乗客・運転手への料金割引補填を実施していることから、現在は配車サービスアプリもタクシーと遜色ない料金で乗車することが可能な状況にある(※2)

Uberをよく利用するという北京市在住の筆者の友人は、「すぐに配車してもらえるし、車も清潔、運転手の態度も良好だから、タクシーよりもUberの方がおすすめ」と絶賛していた。実際に、中国における配車サービスアプリの利用アカウント数は、2014年末時点で1.72億アカウントとの調査結果も出ており、広く一般に受け入れられていることを示している。

しかし、当然のことながら、配車サービスアプリの登場で問題も発生している。例えば、配車サービスアプリ浸透に伴い、タクシーの乗客が減少していることが挙げられる。筆者が今回の訪中でタクシーを利用した際に、従来であれば10~20分タクシーを探す必要があるところをほとんど待たずにタクシーに乗れたことは、タクシーの乗客が減少していることを如実に表している。このような事態を受け、タクシー業界も反発を強めている。本年に入り、各都市においてタクシー運転手によるストライキが発生しており、事態は深刻さを増しつつある。また、配車サービスアプリ自体にも課題は残る。配車サービスアプリの登録運転手はタクシー業の運転手に要求されるような公的な登録手続き等が課されておらず、いわゆるグレーゾーンの業態である。筆者の友人の中にも、「(これまで特段問題はないが)配車サービスアプリを利用するのは不安だ」という声もあることから、安全性などに関するルール整備も必要であろう。

配車サービスアプリの登場によるタクシー業界との軋轢や制度整備の必要性は、世界の各国当局が直面している問題である。また、新興勢力と既得権益の争いは、珍しいことではない。ただし、中国当局にとって配車サービスアプリへの対応は、とりわけ重要な意味を持つ。中国において配車サービスアプリが広く普及したのは、消費者の「丁寧なサービスに対して付加価値を見出す」という既存のタクシー業界では提供できなかったニーズを満たすことができているからである。中国において、「食品や電気機器に対して少し値段が高くても品質のよいものがいい」と考える消費者が増えてきたことは知られているが、タクシーという移動手段においても同様の傾向があり、配車サービスアプリを通じて表出したものと考えられる。

中国当局は「工業からサービス業へ」の転換を目指しているが、需要サイドの動向を念頭に置いた政策を打たなければ、その進展は遅々としたものになろう。つまり、消費者のニーズに応えることによって浸透した配車サービスアプリに対して、単に規制強化を実施することで終わりにするのではなく、タクシー業界のサービスの改善といった消費者のニーズに配慮した対応が当局には問われている。もちろん、タクシーの運転手のサービス改善がなされれば、度々訪中する筆者にとっても望外の喜びである。今後の中国当局の対応を注目したい。

(※1)筆者を日本人と知り、中国語で「北国の春」を歌ってくれるサービス精神旺盛なタクシー運転手がいることも追記しておきたい。
(※2)タクシーの初乗り価格は都市によって、配車サービスアプリの初乗り価格は車種等によって様々であるため、本コラムで示した初乗り価格は今回の訪中で確認した価格をもとに記載している。

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矢作 大祐
執筆者紹介

経済調査部

主任研究員 矢作 大祐