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有価証券報告書で新たに開示項目となった「予想昇給率」とは?

2015年08月25日

コンサルティング企画部 受託計算課 主任コンサルタント 市川 貴規

「予想昇給率」と聞いて、これが退職給付会計で用いられる専門用語であると知る人はそれほど多くないだろう。平成27年3月期の有価証券報告書「退職給付債務等の計算に関する事項」において、新たに注記が求められた項目(※1)である。予想昇給率という言葉からは、給与の上昇割合を表す指標、といった漠然としたイメージを持つことができるが、A社とB社の予想昇給率を比較し、予想昇給率が高いA社の方が、退職金や給与の水準が高いと考えるのは、実際のところ、必ずしも正しいとは言えない。有価証券報告書は、投資家をはじめとした企業の様々なステークホルダーに対し、適切かつ正しい情報を伝えるためのツールであり、また給与に関する情報は、企業分析における重要な要素の一つであるため、これについて整理をしてみたい。

まず、予想昇給率という言葉を正しく理解するためには、退職金額算定の仕組みから整理しておく必要がある。主な算定方法として、

  1. 退職時の給与に支給倍率を乗ずる方法(いわゆる最終給与比例制)
  2. 毎期の給与の累計額に支給倍率を乗ずる方法(いわゆるポイント制等)

があるが、ここで用いられる給与の上昇割合の予想が予想昇給率と呼ばれるものである。この給与は、各企業が退職金算定のために独自に構築したものであり、例えば、基本給の一部とするケースや、役職や勤続年数別に定めた給与(一般的にはポイントと呼ぶことが多い)等がある。さらに、この給与は、上記①、②の退職金額算定の仕組みや、支給倍率の水準等を勘案して定められている。

次に、予想昇給率の求め方も重要である。これに関しては、「退職給付債務算定時に用いた昇給指数」を参考にすることが考えられる。この「退職給付債務算定時に用いた昇給指数」は、退職金額算定に用いる給与を、実績データを元に年齢別に指数(モデル)化したものであるが、この年齢別の指数をそのまま有価証券報告書にすべて記載することは困難であるため、これを加工し、昇給指数の平均値を注記するような指導を受けた企業が多かったようである。その平均値の求め方については、特に定められた方法はなく、大和総研からも複数の監査法人等に対し昇給指数の平均値の計算方法を確認したが、その回答としては、年齢別の昇給指数に対し、

  1. 年齢別の昇給指数について、その年齢毎の上昇率の単純平均
  2. 年齢別の昇給指数について、その年齢毎の上昇率の人数による加重平均
  3. 最大の昇給指数を最小の昇給指数で除した値について、最小の昇給指数の年齢から最大の昇給指数の年齢に至るまでの年数のべき乗根

のいずれかの方法を平均値とするようなケースが多かった。どの計算方法を採用しても、平均値としては合理性があると考えているが、予想昇給率として記載された平均値について、その高低といった水準に関する議論をするのであれば、前述した①や②の退職金額算定の仕組みとセットで考える必要がある。平成27年3月期の有価証券報告書を見る限りでは、退職金額の算定方法や予想昇給率の求め方まで含めた注記は無く、予想昇給率の数値が一人歩きしてしまうことが懸念される。

ここまで説明してきた通り、現在の開示されている予想昇給率では、他社との数値の比較は意味をなさず、同一企業における前年度との比較といった情報しか入手できない。今回、数理計算上の計算基礎として、これまでに加えて予想昇給率の注記が求められ(※2)、退職給付に関する情報開示といった点では一歩前進したと思われるが、退職金額の算定方法の概略や予想昇給率の根拠も併せて開示する方が、その有用性が上がり、より正確な情報を伝えることができよう。さらに言えば、退職給付債務計算で用いる他の数理計算上の計算基礎(退職率や予定一時金選択率等)も開示するとともに、こういった計算基礎が、退職給付債務や費用、ひいては企業決算にどのような影響を与えるのか、といったところまでを分析し開示していくこと(※3)が、理想的な姿であると考えている。

(※1)有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項について(平成27年3月期版) 別紙1より
(※2)これまでは割引率と長期期待運用収益率が注記の対象であった。
(※3)IAS19(国際会計基準)では、主要な基礎率の変化が確定給付債務に与える影響の感応度分析を把握し開示することが求められている。

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市川 貴規

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コンサルティング企画部 受託計算課
主任コンサルタント 市川 貴規