社長の思いと人事制度

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2015年08月17日

  • コンサルティング企画部 主席コンサルタント 廣川 明子

多くの中堅企業において人事制度には、社長の経歴や思いが色濃く反映されている。社長が創業者や内部昇進の場合はなおさらだ。

高い報酬と地位を目指して営業のトップを走り続けた社長は、成果を上げた者に高い報酬と地位を与えることを強く望む。雪が降る元旦の真夜中に自社製品を届け、患者の命を救う一翼を担った時に仕事への誇りと喜びを強く感じた医薬品メーカーの社長は、評価要素に顧客視点と自己研鑽を強く求める。

思い入れが特に強い場合、社長自ら制度構築のプロセスに関与されることもある。理系の研究職であった社長は手ずから社員の給与体系や人件費をExcelで試算されていたし、出版業の社長は評価要素の文言のひとつひとつを吟味していた。

方針を示すにとどまらず社長自身が制度設計にまで関わることの是非はあるかもしれない。些末な人事制度に関わるよりも、戦略立案や実行に専念すべきとの意見もあろう。しかし、会社の指し示すビジョンや戦略を実現するために、社員がどのように行動し、どのような能力を獲得すべきかを示したのが「等級基準」や「評価要素」であり、貢献への対価を示したのが「報酬制度」である。社員にとって人事制度は、会社のビジョンや理念、戦略と同等かそれ以上の重みを持つ。社長が個々の制度に思いを寄せることは、優先順位のはき違えとは決して言えないだろう。

一方で、社長の思いを反映することが、戦略や社会的要請と矛盾することもある。若い頃から長時間残業も休日出勤もいとわず働き詰めだったというある社長は長時間残業を賞賛していたし、自らが高い報酬を受けることをよしとしない創業社長の会社は従業員の低い報酬に無頓着であった。両社とも、「優秀な人材が集まらない」「離職率が高止まりする」という課題を抱えていた。

このように、社長の思いを反映すべきでない場面では、ぜひとも社員から意見具申をしていただきたい。実は、前述の両社長はともに身近な人物からの一言をきっかけに方針をがらりと変えているのだ。

働き詰めの社長が長時間残業改革に目覚めたのは、「他社に勤める自分の娘から、長時間残業が当たり前の職場で、育児と仕事の両立で苦労している話を聞いた」ことがきっかけだった。鋭い提案や抜群の成績を上げる社員の中に、育児中で長時間働けない女性がいたことがこれを後押しした。高い報酬を受け取らない創業社長は、「他社で修行をさせていた子息を経営企画課長として入社させたとき、給与明細を見てあまりの低さに衝撃を受けた」ことで、役員と社員の報酬全体を見直すことを決めたそうだ。

身内だから耳を傾けるのだろうか。筆者はそうは思わない。身内しか本音の意見を直接伝えてくれてないのではないか。社員との距離がありすぎて課題を認識すらしていないのではないか。

数多くの社長に人事制度への思いをお聞きする機会をいただいたが、ほとんどの社長は社員からの意見具申を望んでいるし、それを真剣に受け止めておられた。ある社長は、若手社員との懇談会で「社長の思いや理念はもう十分理解しました。でも言っていることとやっていること(制度)が全然違います。制度というカタチできちんと示してください」と直言され、制度を全面改定する決断をしている。

もちろん、評価や報酬額、上司の不満に終始しては到底受け入れられないだろう。しかし、「ビジョンや理念、戦略の実現に貢献したい」という社長と同じ思いから来る建設的な意見であれば別のはずだ。社長も夏休みに家族と過ごしながら、心に秘めた「思い」があるかもしれない。勇気を出して、社長との距離を縮め、提言をしてみてはいかがだろう。

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廣川 明子
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主席コンサルタント 廣川 明子