ASEANTradingLinkについて

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2015年08月03日

アジアインフラ投資銀行や日本の「質の高いインフラパートナーシップ」(※1)など、アジアのインフラ投資に各国の公的資金を供給する動きが加速している。だが、公的資金だけでは明らかに足りないほどアジアのインフラ需要は膨大であり、民間資金を積極的に呼び込む必要がある。貯蓄の豊富な国から資本が不足するアジアへ民間資金が円滑に投融資される金融資本市場の整備は、その解決策の1つと言える。

資本市場を整備する取組みとして注目されるのが、2012年に運用を開始したASEAN Trading Link(以下、Link)である。これはASEAN域内の証券取引所を電子ネットワークで結ぶものである。通常、証券会社は取引資格を有する取引所でしか取引できないが、Linkに参加した取引所であれば資格がなくても取引が可能である。つまり、最終投資家が自身の利用する証券会社を通じて、域内取引所の上場株式を容易に売買できるわけだ。現在、Linkに参加しているのはシンガポール、マレーシア、タイの取引所であり、さらにインドネシア、フィリピン、ベトナムの取引所が参加する見込みである。

もっとも、Linkの整備によって株式売買代金がどの程度増加したか、各取引所が提供するデータなどから明確に見出すことは今のところ難しい。Link参加国にある大手証券会社は支店網等によって相互に投資できる環境をすでに整備してあるという指摘もある。ちなみに、Linkを通じた株式取引のデータは公表されていない。

Linkを活用した株式取引を活発化させるためには、制度や情報の整備だけでなく、参加取引所の拡大が必要である。未参加の取引所において、他国の取引所の顧客による投資環境が十分に整備されていない場合、その取引所がLinkに参加すれば多くの投資家にとっては投資先の選択肢が増えることになり、その取引所にとっても取引が増加するというメリットがある。

そうなってくると取引所間の競争がより一層促されて市場が活性化されるとともに、各取引所は今まで以上に戦略的に独自の強みや特徴を活かすことを考えるようになるだろう。Linkの整備が進めば、投資家の目にはASEAN域内の取引所があたかも1つの市場のように映るようになり、個々の取引所にとっては普通の上場銘柄などの標準的な商品だけでは差別化できなくなるからだ。だとすれば、一定の種類の銘柄の上場に特化していくことを考えることも一案だろう。ASEANが多様性に富む国々であることを活かし、例えばシンガポールは海外有力企業の上場、タイはカンボジア等で事業を行う新興企業の上場に注力するといったことが考えられる。

Linkを最大限活用してアジア新興国の株式市場の統合が進み、その魅力が一層高まれば、日本や中国といった多額の民間貯蓄を持つ国の取引所など市場関係者のLinkへの参加が現実味を帯びるかもしれない。アジアの金融資本市場の整備が進み、インフラ投資が増加することは、アジア新興国経済の発展に資するだけでなく日本も裨益することになる。

(※1)アジアの膨大なインフラ需要に応えるべく、ADBと連携し今後5年間で総額約1,100億ドル規模の投資を行うもの。公的資金のみならず、民間の資金やノウハウが流れ込む仕組みを作り、建設するインフラの質を高めると同時に量も増やすことを追求する取組み。

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神尾 篤史
執筆者紹介

政策調査部

主任研究員 神尾 篤史