新憲法成立と民政移管を巡るシナリオ
2015年07月28日
2015年8月、タイで新憲法の最終草案が仕上がる予定だ。その後、草案の賛否を問う国家改革評議会の投票が行われ、来年にも国民投票にかけられる。賛成多数となれば来年9月頃の総選挙につながり、逆に反対多数となれば、草案の推敲が求められることから必然的に軍事政権は長期化する。つまり、8月に発表される最終草案は、総選挙へ向けた重要な通過点となる。
そもそも、最初の新憲法草案は今年の4月にすでに発表されている。しかし、非民主的と世論の猛反発に遭い、100か所以上の修正を求められた。反発の原因となったのは、非民選議員が大半である上院の権限強化や、非議員の首相就任容認、大政党に不利な小選挙区比例代表併用制の導入である。これらの主眼はタクシン派の抑え込みに置かれており、将来的に軍による政治関与を可能とする解釈もできた。これに対し、タクシン派のみならず反タクシン派からの批判が相次いだ。
政治に対する懸念を拭えない中、実体経済は冴えない状況が続いている。特に、民間消費・民間投資は弱い。長引く政治不安に対し、民間企業は様子見の姿勢を崩していない。また、タイ経済はさらなる逆境に追い込まれている。今年、5月頃から入る雨季になっても降水量が少なく、干ばつが深刻化しているのだ。原因はエルニーニョ現象に伴う異常気象とのことで、過去の大干ばつよりも事態が深刻との報道もある。生活用水への影響が懸念されており、政府は5月の田植えの延期や、農業用水の使用を控えるよう農家に呼びかけた。タイでは、労働者の約40%(2012年、世界銀行統計)が農業に従事している。干ばつによる農作物の不作は家計所得に影響し、消費意欲をさらに削ぐだろう。
そのような中、今後の政治動向をシナリオ別に考えると、ベストシナリオとなるのは、前回の草案に対する批判を受け、より民主的な草案が上がってくることである。新憲法成立後発足する新政権は、新憲法の下に正当化され、積極的な景気刺激策に打って出ることが可能となる。現軍事政権は、ばらまきに傾倒していた前政権を否定する立場にあるため、景気が停滞する中でも大々的な政策を打てない状況にあり、それを打開する最も望ましい道筋と言える。
ベストシナリオよりは劣るが、最悪でないケースは、前回の草案から進歩が見られずとも、国家改革評議会か国民投票の段階でそれを阻止することである。軍事政権は長期化するが、非民主的な憲法を後世に残し、政治不安を再燃させる火種を残すことは阻止できる。
最後に最悪のシナリオは、非民主的な憲法が成立することである。軍事政権に対する対外的な批判をかわすことはできるが、今後軍が政治に関与する余地を残してしまう。
なかなか実現しない民政移管に国内外で不満が高まっているのは事実ではあるが、長期的には、非民主的と言われるような憲法を甘受するリスクの方が大きい。まずは、来月の草案の内容に期待したい。
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- 執筆者紹介
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経済調査部
シニアエコノミスト 増川 智咲
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