繰延税金資産の回収可能性の会計指針見直しに思う

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2015年05月14日

  • 吉井 一洋

新指針案公表へ

現在、ASBJ(企業会計基準委員会)では、繰延税金資産の回収可能性を判断する際の会計指針について見直しを行っている。これは企業(財務諸表の作成者)側の下記の要望に応える形で、検討されているものである。

  • 現在、日本公認会計士協会の監査上の取扱いで規定されているが、これをASBJの適用指針に移管すべきである。
  • 法人税法上の繰越欠損金の繰越期間(現在は9年、2017年からは10年)と現行の指針の取扱い(概ね5年)の関係を整理する。

5月15日に、新しい適用指針の公開草案が議決される予定である。現行の指針では、繰延税金資産の回収可能性を判断するに当たり、会社を5段階に分類し、分類ごとに計上限度額を定めている。新しい適用指針案では、次のような見直しを提案する方向である。

  1. 業績は安定しているが、期末の将来減算一時差異を十分に上回るほどの課税所得がない(例示区分2の)会社は、スケジューリング不能な一時差異は回収可能性がないとされているが、これを一定の要件を満たした場合、回収可能性を認めることとする。
  2. 業績が不安定で、期末の将来減算一時差異を十分に上回るほどの課税所得がない(例示区分3の)会社は、5年内の課税所得の見積額を計上の限度額としているが、これを合理的に説明できる場合は5年を超える期間によることを認めることとする。
  3. 重要な税務上の繰越欠損金がある(例示区分4の)会社は、原則、翌期の課税所得を限度額とし、特別な要因で欠損が生じた場合のみ、おおむね5年内の課税所得を限度とできることとされているが、この取扱いを緩和する。 など

注記の充実は先送り

IFRSや米国基準では、わが国の指針のような詳細な規定はないが、IFRSを任意適用している日本企業を見ると、適用初年度において繰延税金資産の計上額が増加している例が多い。現行の指針が厳しすぎるという作成者の意見も、合理性がないとは言えない。ただし、繰延税金資産の回収可能性の判断は、見積もりの要素が多く、IFRSや米国基準では、詳細な注記を行っている。わが国の現在の注記情報では、繰延税金資産に関する詳細な分析は難しい。ASBJが実施した財務諸表利用者へのヒアリングでは、その会社がどの分類に該当するかの開示、②の会社に対し5年超の期間を用いている場合の判断の根拠の開示、③の会社に対し繰越欠損金について回収可能性があると判断する理由の開示などを求める意見があった。しかし、非常に残念なことに、新指針案を早期に固めることが優先され、注記の充実の検討は先送りされた。少なくとも、新指針の適用開始時には、新指針適用による影響額のみならず、その要因の開示を期待したい。

立場が弱い財務諸表利用者

今回の検討過程を見ても、やはり、会計基準等の検討における財務諸表利用者の立場は弱い。ヒアリングは行われてはいるが、そもそも、ASBJの本委員会や専門委員会の人員構成は、作成者、監査法人、学識者が中心であり、利用者の代表は少ない。もう少しバランスのとれた人員構成が望まれるところである。

会社法との調整は?

現行指針は、連結財務諸表のみならず単体財務諸表にも適用されている。したがって、新指針により繰延税金資産が増加すれば、会社法上の配当可能利益も増加する。他方で単体財務諸表では企業年金の積立不足額は計上されておらず、会計基準がつまみ食い的に適用されているようにもみえる。上場企業等については、金融商品取引法決算と会社法決算の統合も含めた法整備を検討することも考えてもよいのではなかろうか。

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