気候変動対策と国際競争力

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2015年01月28日

  • 物江 陽子

今年は年末にCOP21があり、2020年以降の気候変動対策の国際枠組み合意が目指されている。このため、各国は「COP21に十分に先立って」、「準備ができる国は2015年3月までに」、2020年以降の気候変動対策案(約束草案)の提出が求められており、わが国でも早期の提出に向けて議論が始まったところだ。

京都議定書第一約束期間(2008年~2012年)の削減目標(温室効果ガス排出量1990年比▲6%)達成のために、わが国政府は海外から約1億CO₂換算トンの排出権(京都メカニズムクレジット)を購入し、このために約1,660億円の予算を計上した(※1)。一方、産業界では、電気事業者が約2.8億CO₂換算トンの排出権を海外から購入し、目標達成にあてた(※2)。仮に排出権価格を政府と同じ水準とすれば(つまり、1,660円/CO₂換算トン)、4,600億円以上を投じたことになる。この他、鉄鋼や石油などの業界が海外からの排出権購入に動いた。

海外からの排出権購入は一見安価なCO₂排出削減手段であり、世界の気候変動対策に資するものでもあるが、わが国経済にとっては国富の流出でもある。大気中の温室効果ガス濃度が400ppmを超えた今、気候変動対策が人類にとって喫緊の課題であることは確かだが、これからのわが国の気候変動対策は、国内での投資を促し、国際競争力強化に資するものとすることが望ましい。

具体的な方策としては、エネルギー利用の効率化(省エネ)とエネルギーの低炭素化がある。この点で先んじているのがEUだ。EUは2020年温室効果ガス排出量20%削減を目標に掲げ、省エネとエネルギーの低炭素化を進めてきた。省エネの進展を測る指標としてGDPあたりのエネルギー消費量を見ると、EUでは減少の速度が増し、1999年にわが国を下回った(図表、左軸)。一方、エネルギーの低炭素化の進展を測る指標として、発電量に占める再生可能エネルギー比率を見ると、こちらはEUで急速に上昇しており、1998年頃からわが国を引き離している(図表、右軸)。

EUではエネルギー利用の効率化を進めるため、建築物における断熱、発電所でのコジェネ、地域冷暖房システムなどの技術を普及させてきた。また、固定価格買取制度や炭素税で再生可能エネルギー導入量を増やし、扱いにくい再生可能エネルギーを使いこなすため、気象予測や電力需給予測などの技術革新が進み、国際送電線など連系強化も進んだ。これらの改革には当然コストがかかるが、海外(域外)からの排出権の購入と異なり、国内(域内)における燃料費削減や産業育成、雇用創出などの効果が見込める。何より、国際社会が目指すカーボン・ニュートラル(※3)な世界では、たとえコストが低くてもCO₂排出量が多いエネルギーの利用は制限される可能性がある。保守・革新を問わず気候変動対策に積極的なEUの姿勢を見ていると、「現状ではコスト増だとしても、2050年、カーボン・ニュートラルな世界では勝つ」、そうしたシナリオに賭けているようにもみえる。

IEA(国際エネルギー機関)の試算によれば、大気中の温室効果ガス濃度を450ppmで安定化させるためには、省エネおよび低炭素エネルギー技術への投資額を2035年に現状の6倍まで増やす必要がある(※4)。新興国を含め、世界中で省エネ・低炭素技術の需要が拡大する可能性がある。わが国企業の高い技術力を活かし、これらの需要を取り込む戦略も必要だ。これから策定されるわが国の「約束草案」の議論では、短期的なコストを考慮するのみでなく、2050年のカーボン・ニュートラルな世界を視野に、知恵と工夫が結集されることを期待したい。

GDPあたりのエネルギー消費量(左軸)および発電量に占める再生可能エネルギー比率(右軸)

(※1)中央環境審議会地球環境部会 産業構造審議会産業技術環境分科会地球環境小委員会 合同会議 (2014)資料5-2「京都議定書目標達成計画の進捗状況について(経済産業省分)」
(※2)日本経済団体連合会 (2013) 「経団連環境自主行動計画<温暖化対策編>2013年度フォローアップ結果 概要版<2012 年度実績>」
(※3)人間活動によるCO₂排出量を自然のCO₂吸収量の範囲内に抑えた状態を「カーボン・ニュートラル」と呼ぶ。この状態では大気中のCO₂濃度が上昇することはないが、実際には人間活動によるCO₂排出量は自然の吸収量の倍近くに達しており、大気中のCO₂濃度は上昇を続けている。このため、2008年の北海道洞爺湖サミットでは、2050年に世界の温室効果ガス排出量を半減させる目標に合意した。カーボン・ニュートラルな社会の実現は国際社会の大きな課題となっている。
(※4)IEA (2014) World Energy Investment Outlook.

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