中国のアジアインフラ投資銀行構想について

RSS

2014年08月26日

アジアで最もホットなトピックはインフラの整備、そしてこの資金をいかに賄うかということである。ADB(アジア開発銀行)の試算によれば、2010年から2020年までの間に必要なインフラ整備額は約8兆ドル(年間7,475億ドル)(※1)とされている。この巨額の資金を各国の政府の財政資金のみで賄うことは難しい。しかし、インフラ整備資金をアジア地域で賄うことができないわけではない。ADBの試算で対象となったのはアジア30ヶ国であるが、これらの国の2013年のフローの貯蓄額(※2)は6.0兆ドルあり、毎年同額程度の貯蓄が生み出されるとすれば資金面での懸念は小さい。問題は、資金をうまく融通するためのスキームをいかに作るかということにある。

インフラ整備資金に関して最近論議を呼んでいるのが、中国が主導するアジアインフラ投資銀行構想だ。この構想は、中国の習近平国家主席が昨年10月に東南アジアを訪問した際に提唱したものである。インフラ整備のために融資を行う機能を持つADBに対抗するものとみられている。報道によれば、銀行設立に参加する国は中国に加え、ASEAN10ヶ国、韓国、スリランカ、パキスタン、モンゴル、カザフスタンとされている。現時点では、日本、米国は参加国に入っていない模様である。中国の意向としては、表向き日本や米国の参加を歓迎とするが、本音では日本や米国を排除、もしくは影響力を極力小さいものとしたいはずだ。そこには、以下の二つの背景がある。

第一に、中国が国際機関での影響力引き上げを狙っているものの、思い通りに進んでいないことがある。ADBには日本と米国が約15%ずつ出資しているが、中国は約6%にとどまっている。中国は出資比率を引き上げ、影響力の強化を狙ってきたが、出資増は認められていない。そのため、中国が影響力を行使できる国際的な組織を作ろうとしているのだろう。

第二に、中国の更なるアジアへの影響力の拡大ということも背景にあると思われる。最近では、中国による直接投資を問題視する国もあるため、国際的な組織を活用しながら、中国の影響力を拡大するという狙いである。実際にASEAN出身のある研究者に話を聞いたところ、中国からのインフラ投資をすべて歓迎しているわけではないという。中国によるインフラ投資の場合、自国の労働者を連れてきて作業を行うケースがあり、現地労働者の雇用増加につながらないケースがあるためだという。

もっとも、この銀行構想はインフラ整備資金の調達の観点からみれば、悪い話ではない。インフラを整備したい国にとっては、その整備資金を低利で借り入れることができれば、既存の国際機関からの融資や市場での調達など以外に資金調達経路を確保できるためだ。また、冒頭で触れた貯蓄額からいえば、貯蓄額の7割は中国のものであり、偏在した資金の移転という資金余剰主体から資金不足主体へ資金を融通するという意味では好ましい。ただし、他の機関よりもあまりにも緩やかな条件で貸出が行われる場合には注意を要する。他の機関によって律せられてきた規律が無に帰することになるためだ。いわゆる、モラルハザードが起きる可能性である。

本年末に、銀行設立への覚書を交わすとされる。今後の動向を慎重に見守る必要があるだろう。

(※1)データの出所は、Bhattacharyay, B.(2010) “Estimating Demand for Infrastructure in Energy, Transport, Telecommunications, Water and Sanitation in Asia and the Pacific: 2010-2020”. ADBI Working Paper Series No.248.:Asian Development Bank Institute.である。
(※2)IMFの“World Economic Outlook Database April 2014”のデータを利用し、計算した。各国のデータに関して、当該データベースのGross national savings(対GDP比)を名目GDPで積算し、そのデータを30ヶ国分加算した値である。一部の国の値はIMFの推計によるもの。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

神尾 篤史
執筆者紹介

政策調査部

主任研究員 神尾 篤史