F1に学ぶ「第三の矢」の放ち方

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2014年01月21日

2013年は日経平均株価が41年ぶりの上昇率を記録し、56年ぶりの東京五輪開催が決まるなど、日本が活気づいた年だった。この一年の景気回復は大幅な円安がもたらしたと言っても過言ではないだろう。だが、今回の円安は市場参加者の期待が先行して実現した面が強く、円高へ転じるリスクへの警戒は怠れない。デフレ脱却による過度な円高回避と財政健全化を実現するためにも、今後は「第三の矢」と呼ばれる成長戦略を着実に実行していくことが求められる。

財政状況が極めて厳しい日本の成長戦略は、補助金や減税を最小限にとどめ、規制・制度改革に軸足を置くべきである。それでは、どのような視点で規制・制度改革を行えばよいのだろうか。筆者の趣味はF1観戦であるが、F1は原油価格の上昇やリーマン・ショックをきっかけに、積極的に改革に取り組んできた。以下では、F1の経験から規制・制度改革のヒントを探りたい。

以前のF1のルールは、研究開発やレース中の燃料・タイヤの使用量などに対する制約が極めて小さかった。莫大な費用をかけ、ヒト・モノ・時間を湯水のように投入して速さを競っていたと言える。しかし2000年代後半になると、F1を取り巻く環境は一変する。原油価格が急上昇し、市販の自動車には省エネ技術が要求されるようになった。さらに、2008年のリーマン・ショックに端を発する世界的な景気後退により、企業の収益環境は急速に悪化した。その結果、自動車業界にとって高コストで省エネから程遠いF1に参戦するメリットは小さくなり、トヨタ自動車やホンダなどが相次いで撤退した。

厳しい状況に直面したF1は、圧倒的な速さや猛烈なエンジン音といった独自の魅力を守りつつも、低コスト・省エネへ大きく舵を切った。例えば、従来認められていたレース中の燃料補給は禁止され、タイヤの使用本数も制限された。現在のF1ドライバーは速さだけでなく、燃料をできるだけ使わない、タイヤにもやさしいエコドライブも要求されているのである。さらに、2014年シーズンは省エネをさらに進める歴史的なルール変更が行われた(※1)。すなわち、エンジンは2.4リッターV8から1.6リッターV6ターボへ小型化される一方、ハイブリッドの役割を高めることで従来(750馬力以上)並みのパワーを維持する。燃料の効率的な利用を促すため、1レース当たり160kg程度消費していたガソリンは100kg(約140リットル)に制限される。なお、エンジンが小型化されてもF1特有の猛烈なエンジン音は健在という。

2009年以降積極的に行われてきたルール変更は、時には困惑や混乱を与えることもあった。しかし、参戦するチームやメーカーが並々ならぬ努力を払うことで、時代が求める技術を磨きつつF1ファンを魅了し続けている。また、メーカーを呼び込むことに成功した点も見逃せない。ホンダは省エネ技術の向上などを目的として2015年から再び参戦し、老舗チームのマクラーレンにエンジンを供給する。

F1の経験から日本の規制・制度改革について言えることは、家計や企業の主体的な努力を引き出すためにも、徹底して時代に合った規制・制度を目指すべきということである。今後もグローバル化や少子高齢化は進展し、貿易自由化の流れが加速する可能性は高い。こうした変化に対処せず、時代に逆行したり、それに適応する妨げになったりしている規制・制度を放置すれば、日本で経済活動を行う魅力はどんどん低下していく。必要な改革を大胆に実施することは各経済主体に大きな負担を一時的にもたらすが、メリットは負担以上に大きいはずだ。

加えて、改革を実行する原動力も重要である。F1を大幅なルール変更へ突き動かしたのは、外部環境の悪化がもたらした危機感だった。翻って現在の日本では、景気が回復しているなかで国債金利が低位で安定しており、この面から危機感が醸成される状況にはない。こうしたなかで規制・制度改革を推し進めるためには、強い政治的指導力が必要ではないか。規制・制度改革は必ず賛否が分かれる政策であり、実行するには政治的な困難が常に付きまとう。昨年からの前向きな流れを活かして「第三の矢」が的に当たることを期待したい。

(※1)詳しくはF1公式サイトを参照。

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神田 慶司
執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 神田 慶司