財政不安のない東京五輪開催を期待したい
2013年10月09日
2020年の夏季オリンピック・パラリンピック(五輪)が東京で開催される。56年ぶりの東京五輪開催に、日本中が喜びに沸いたことは記憶に新しい。日本はこの5年の間に、リーマン・ショックや東日本大震災、原発事故といった未曾有の経験をしてきた。現在も震災復興などの課題が残るものの、日本人一人ひとりの努力と支え合いによって危機を乗り越え、五輪開催を勝ち取ったことは感慨深いものがある。
東京五輪はアベノミクスの「第4の矢」とも言われている。安倍政権にとって追い風となったことは確かであり、経済的な側面から五輪開催を歓迎する声も多い。期待されている経済効果の1つが外国人観光客の増加であろう。訪日外国人数は2008年以降伸び悩んできたが、2013年は円安や政府などによる招致活動もあって、初めて1,000万人を突破する可能性が高まっている。今後、東京五輪が訪日外国人増加の起爆剤となって経済成長を加速させるかもしれない。
しかしながら、実際に訪日外国人が急増した場合の経済効果を試算すると、一般的に期待されているほど大きいものではない。仮に1,000万人増加したとしても、波及効果を含めた国内消費増加額は1.5兆円超である(図表1)。約480兆円という名目GDP(2012年度)の規模に比べれば非常に小さい。とはいえ、企業単位で見た経済効果は決して小さくない。図表で示しているように、「宿泊」、「飲食関係」、「衣料品等」、「化粧品・医薬品等」といった費目への消費が増加する。こうした財・サービスを主に扱う東京近郊の百貨店やホテル、レストラン、ドラッグストアなどでは収益が改善するだろう。
五輪開催で外国人観光客が増加するかどうかは、じつは不明確であることにも留意しなければならない。図表2のように、英国ではロンドン五輪が必ずしも訪英外国人の増加に繋がらなかった。訪英外国人のトレンドは景気を反映して上下する局面が見られるものの、ロンドンが五輪開催地に決まってから開催されるまでの間に目立った増加は見られなかった。また、五輪が開催された2012年8月には五輪関係で70万人程度の外国人観光客が英国に訪れたが、一方で五輪開催による混雑などを嫌気して英国への旅行を敬遠した人も多かったため、開催月の訪英外国人数は前年を5%程度下回ったという。日本は五輪開催による招致効果を楽観せず、五輪をうまく活かして積極的に招致活動を行っていくべきであろう。
経済効果を公共投資の拡大に期待する声も多いが、その場合は財政健全化とのバランスに配慮する必要がある。東京五輪が開催される2020年は、政府の基礎的財政収支を黒字化させるという財政健全化目標の期限でもある。五輪開催を名目にして優先順位の低い公共投資を増加させ、財政健全化が遅れることは何としても避けなければならない。今のところ、国債金利は日銀の大規模な国債購入もあって低位で安定している。しかし、政府は財政健全化目標を達成するための道筋を十分に示しているとは言えない状況にある。懸案の社会保障制度改革の方向性は8月に示され、10月1日には8%への消費税増税が決まったが、示された社会保障給付の抑制効果がどの程度なのか、消費税率は10%で十分なのかといった議論は手付かずである。
ギリシャは五輪開催の約5年後に財政赤字の粉飾が明るみに出て、財政危機に見舞われた。日本が同じ理由で財政危機を経験することはありえないが、近い将来に何らかの理由で国債への信認が揺らぎ、財政危機の中で東京五輪を迎えるような事態はありえないことではない。東京五輪の成功を旗印に、積極的な招致活動を行いつつ財政健全化を着実に進めて「明るい2020年」を迎えられるよう、一人ひとりの前向きな意識と行動を期待したい。
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- 執筆者紹介
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経済調査部
シニアエコノミスト 神田 慶司
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