中国新指導層の重要課題-住宅市場の現況をキーワードで見る-

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2012年11月09日

  • 金森 俊樹

近年バブル的様相を呈していた住宅価格は、昨年半ばから本年半ばにかけ、やや沈静化した。本年の両会(全人代と政治協商会議)のキーワードのひとつも、房価合理回帰(住宅価格を合理的な水準に戻す)だった。しかし本年後半に入り、下げ止まりあるいは反転する兆しがみられ、なお一般庶民には手の届かない高水準価格であることに変わりはない(2011年6月14日アジアンインサイト2012年2月9日コラム)。ノーベル文学賞を受賞した莫言氏が、受賞金をもらっても家は買えないと言ったと伝えられるが、冗談ではないだろう。国家統計局発表の主要70都市のうち、本年1月以降前月比で価格が上昇した都市数は、1-5月は月毎に新建(新築)で0、4、8、3、6市、二手(中古)で5、11、16、9、18市であったが、6-9月は、新築で25、50、36、31市、中古で31、38、38、35市と急増、別途、中国指数研究院が発表している統計でも、全国100都市の新築住宅平均価格は、6-10月、5か月連続で前月比プラスを記録している。背景として、市場関係者の間では、[1]マクロ経済環境の好転、[2]不動産開発業者の資金繰り好転、[3]公積金貸款(住宅積立金を原資とする低利子住宅ローン)の最高限度額を引き上げる動きが地方政府に見られることなどが指摘されている。特に[3]は、その時々の地方政府の政策意図・方向を示唆するものと市場が受け止める場合が多い。臭魚効応(反応)、すなわち、猫(不動産関連収入に頼る地方政府)の周りに魚の臭い(不動産市場)がある限り、市況を好転させるため、地方政府が様々な微調整を行う現象のひとつというわけだ。


主要都市新築住宅販売価格推移(2011年1月以降、前月比%)

(資料)中国国家統計局主要70都市住宅価格指数、および中国指数研究院100都市価格指数より筆者作成


住宅に関わる流行語はここ数年、房奴(住宅の奴隷)、蝸居(日本でかつてよく使われた「ウサギ小屋」)、蟻族(狭い住居をシェアする低所得層)等、種々見られてきた。中国の都市郊外を車で走ると、なお多くの住宅建設予定地があり、開発業者が「ここの物件は蝸居ではありません。」という広告看板を出しているのが目に付く。年々住宅価格が高騰してきた現象は水漲船高、水位が上昇するに従って船も上昇していくようなものと例えられる。通常、成績の良くない生徒も成績の良い生徒の中に入れると、周りにつられてよくできるようになるといった肯定的ニュアンスで使われることが多いようだが、住宅がらみでは必ずしもそうではない。何となく全体が上昇していく現象の背後には、住宅の持つ二面性、すなわち、住むための消費財としての房子と、投資財・財産としての房産があり、後者の性格が強いことが大きい。


現状、住宅問題は2つの問題を提起している。第一は、景気がスローダウンしても、政策当局は住宅価格が再び急騰することを懸念してなかなか大胆な刺激策を採れないというマクロ経済政策上の問題、第二は、格差拡大に対する庶民の不満を増幅させているという所得分配上の問題である。これらに対応する政策が経适房(経済性と适用性、すなわち一定の機能性を兼ね備えた低廉住居)を中心としたいわゆる低所得者向け保障性住房(住宅)の建設だ。保障性住房の概念は古くは1990年代初に遡るが、2010年以降建設が加速、2010年は予定の580万棟を超えて実績590万棟、2011年は予定の1,000万棟が建設され、本年は700万棟、第12次5ヶ年計画期間中(2011-15年)総数では3,600万棟の建設が予定されている。本年は1-9月ですでに720万棟(投資総額9,600億元)が着工、うち480万棟が完成しているという(中国住房和城郷建設部、いわゆる住建部統計)。保障性住房の建設は小規模開発プロジェクト(小打小閙)から飛時代を迎え、その性格も単なる社会保障政策に加え、住宅市場のマクロ調整、内需拡大、経済推進力としての役割も与えられるという二面性を持つことになり、蝶の形態変化のような過程(蝶変之路)をたどっていると言われる。


保障性住房については、以前から、周辺のインフラが未整備であること、質的に問題のある物件が多いこと、設計管理システム上の問題等が指摘されてきた。しかし今それらに加え、実は高級車を乗り回しているような富裕層(開豪車)の多くがこうした経适房を購入するという新たな不公平が生じているとの声が高まっており、こうした抜け穴をどう塞いでいくのか(堵漏)が課題になってきている。河北省では最近、条件を満たしていない者が申請した場合には3万元(約35万円)の罰金を科し、以後終身申請を認めない等の措置を導入している。個別の状況に照らし、特に富裕層や国家公務員の場合は重い罰にすべきとする専門家も見られる(発展研究中心研究員)。ただ、この問題の背後には、人々の収入源が多様化し、企業から支払われる給与以外の収入は捕捉しにくいというやっかいな事情がある。他の国でも、程度の差はあれ、同様の問題があるが、中国では、こうした収入が黒色・灰色の隠れた収入(隠性収入)としてGDPの30%とも言われる桁違いの規模になっており(2012年5月14日アジアンインサイト)、それだけに問題は深刻だ。中国新指導層が、構造改革の一環として取り組まざるを得ない重要政策課題のひとつとなるだろう。

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