中国不動産市場が示す本当の問題

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2012年02月09日

  • 金森 俊樹
昨年初からの不動産投機抑制策とマクロの金融引締めを受け、バブル的様相を呈していた不動産市況に変化が見られている。中国国家統計局発表の「全国70大中城市新築住宅価格変動状況」によると、昨年第4四半期10-12月、70都市のうち、前期比がマイナスとなった都市は、月毎に34、49、52都市と増加、その他の都市でも多くが横這い、同期間前期比プラスになった一部都市の平均上昇率も概ね0.1-0.2%と小幅であった。このため、欧州債務危機の影響から輸出が鈍化していることも相俟って、昨年後半以降、不動産市場が引き金となって、中国経済がハードランディングするのではないかという声が内外で聞かれている。特に昨年12月の中央経済工作会議で、おそらく一部の予想に反して、基本的に現行の不動産関連抑制策を堅持する方針が示され、また年明けて、昨年のGDP成長率が4半期毎に減速し、年成長率も9.2%に留まったことが明らかになり、そうした懸念がここへ来て増幅されている感がある。9.2%の成長率については、そのうち3%ポイント程度は不動産バブルによるものだとの、西側学者の推計もあり(1月23日付 CNN, Fortune & Money)、もしそうであるとすると、この「バブル」が崩壊すると、経済全体の成長率を大きく押し下げるということになる。市場関係者や専門家の間でも、少なくとも本年前半は、不動産市況は「量価斉跌」、すなわち取引量も価格も一斉に下がるという冴えない状況が続くとの悲観的な声が多い(1月9日付周刊新世紀等)(※1)。確かに、軟調気味の市況がなお続くことは予想されるが、次のような理由から、不動産価格が、少なくとも短期間で急激に下落する可能性は低いのではないか。

  1. 不動産価格が20%、30%と大きく落ち込んだような報道が多いが、実際にはそれらは一部の物件で、国家統計局の統計からすると、下落というより、むしろ価格が安定化に向かっていると言うべき状況であること。
  2. 不動産関連施策は、かなりの程度、不動産への需要を先延ばしさせているだけで、潜在的需要は根強いと考えられること(基本的に不動産需要は大きく、価格の下落を期待して購入を控えるも、何れそうした需要は出てくる、また、不動産購入は最も大きな貯蓄手段でもある)。
  3. 特に、昨年末にかけての市況の軟調は、開発業者が、値を下げても在庫を処分して年末の支払い決済に備え、また年間の販売目標を達成しようとする動きに出たことによるところが大きいと見られること。
  4. 上記中央経済工作会議の基本方針はあるも、指導部交代を控え、市況を見ながら柔軟な政策調整が行われる可能性が高いこと。

ただし、不動産価格の急落が回避されても、問題は残る。第一に、2011年の不動産関連投資は6.17兆元(対前年比27.9%)で、GDP47.15兆元の約13%を占める。投資額が仮にフラット(伸びゼロ)、あるいは伸び率が半分の14%を維持したとしても、相当消費や他の投資でカバーしないと、GDP成長率に与える影響は大きくなる(不動産関連投資伸びがゼロになると、GDP成長率を2%以上押し下げる、伸び率が半分の14%程度になっても8%成長は維持できる等、内外エコノミストによる様々な推計が伝えられている、1月18日付ロイター電)。何れにせよ、不動産関連を含む固定資産投資がGDPの6割以上を占め、消費は4割にも満たないという成長パターンには、中長期的な持続性という点で無理があるということだろう。投資(民間・公共合計)のGDP成長率への寄与は、2010年5.6%から2011年5.0%へ下落する一方、消費(同)の寄与は3.8%から4.7%へ上昇し、また外需寄与が1.0%のプラスから0.5%のマイナスに転じるなど(恒生銀行2012年1月)、一応、消費を主体とした内需主導型成長へ転換する兆しが見られ始めているが、これまで以上に、こうした移行を加速させる必要性が増している。

第二に、不動産価格の急落を回避できるとしても、皮肉にも、それを可能としている基本的背景として、債券市場がなお十分発達しておらず、金利の市場化も不十分で預金金利も実質マイナスという中で、投資(あるいは投機)する適当な対象が不動産の他にあまりないこと、他方でそれにもかかわらず、国有企業・地方政府といった既得権益層の圧力を受け、市中に流動性が過度に供給される傾向が強いという構造的問題がある。投資先を求める大量の資金は、2006-07年には株、2008-09年、石油や書画・骨董品、2010年、農産品・各種原材料、さらにはカネそのものへと拡大・変化してきたが(これが昨年、大きな問題となった民間高利貸の背景でもある)、この間、不動産はほぼ一貫して、余剰資金の主要な投資対象(あるいは主要な貯蓄手段)となってきた。人々の家を所有することに対する思い入れが中国では特に強く、それが底堅い需要を支えている面も大きい。ドラスティックな金融引締めを行って、市中の余剰資金を大幅に吸収することがない限り、行政的な需要抑制策のみで価格が大きく下落することは考え難いが、その可能性は、「穏健な金融政策」維持とされていることから少ない。それは逆に言えば、不動産に替わる投資対象となる適当な金融商品が育ってこない限り、現在の庶民には手が届かない「非合理的」に高い不動産価格(2011年6月14日アジアンインサイト「中国の「不動産バブル」はどの程度なのか?」参照)は、根本的には是正されてこないことを意味している。昨年から、上海と重慶で試行されている不動産税が、本年徐々に他の地域にも拡大することが見込まれるが(財政科学研究所長、2011年12月25日付新華網)、業界には、その際、各種の行政的な需要抑制策は整理されるのではないかとの期待もあり、専門家の間でも、人為的な需要抑制策に頼るのでなく、低廉住宅の供給も含め、不動産市場の合理的な需給構造をどう構築していくかを考えるべきだとの指摘が出されている(2011年12月28日付経済参考報)。妥当な指摘だが、本件は、金融政策のあり方、また金融商品の多様化・健全な金融資本市場の育成を通じて、人々の貯蓄・余剰資金をどう円滑に企業の生産活動に回していくかという、一朝一夕には達成できないマクロ経済上の困難な問題を提起している。

(※1)中国科学院予測科学センターの2012年見通しでは、住宅販売価格の四半期毎の対前年同期比は、10.7%、8%、3.6%のマイナスが続いた後、第4四半期に1%の上昇に転じ、年ベースでは5.3%のマイナスになる見込み。また中国証券市場研究設計センター等が行った、中国国内のエコノミストへの調査では、約7割が当面下落傾向は続くとしており、その中で、大幅な下落を予想しているのは11.7%。1月20日付人民日報は、大幅下落の可能性は小さく、年5.3%程度の下落は、政府、消費者、開発業者何れにとっても、受け入れ可能な「和諧的」な下落幅であるとする関係者のコメントを伝えている。

主要都市新築住宅販売価格推移(2011年、前月比%)
(資料)中国国家統計局統計より筆者作成

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