“手振り”の復活を願う

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2012年07月30日

東京証券取引所の前身である東京株式取引所が売買立会を開始したのが1878年、明治11年のことであった。以来、東証の立会場は1999年の閉場まで、120年以上我が国の金融、経済を支えた歴史ある場所であると同時に、立会場に黒山の人だかりができていた頃を知る関係者や投資家、そして証券マンにとっては、非常に思い出が深い場所ともいえるだろう。

現在では、株式の注文発注・執行は電子化によりコンピューターで行われているが、かつては人の手によって行われていた。各証券会社から寄せられた株式の売買注文は、立会場にいる場立ちと呼ばれる証券マンが、「売り、買い」、「銘柄」、「値段」、「株数」などの注文内容を手のサイン(これを“手振り”という)で伝え、売買成立となる。サインの一例を挙げると、売りは手のひら、買いは手の甲をみせるらしい。東証のウェブサイトには、多くの人々が集まる立会場の様子が写真で掲載されているが、この人だかりの中、瞬時に大量の注文をさばく証券マンたちの姿には熱気あふれる躍動感が感じられる。また、当時の証券マンたちは手のサインを使い、お昼ご飯や飲み会の約束、そしてデートの約束までしたという。“手振り”とは、なんと便利なものであったのだろうか。

1990年代以降、東証でもシステムの効率化という観点から、徐々に電子化が進められ、1999年に立会場が閉場されて以来、“手振り”での注文の発注・執行は行われていない。かつての立会場では、電光掲示板がクルクルと回り株価を伝えている。高速売買システムの導入なども進み、注文から約定までのスピードは約0.001秒という世界となった。飛躍的に合理化は進み、世界の各市場でも同様の動きといえよう。しかし、その中で、世界最大の取引高を誇るニューヨーク証券取引所、ここでは超高速売買システムを導入する傍ら、立会場に慌ただしく行きかう証券マン(トレーダー)たちの姿がある。これこそ、「取引所の象徴」と思えてならない。

早朝の築地市場では、競りの見学が行われ観光客で賑わっているという。そこで、証券取引所でもかつての立会場の様子を再現し、観光客を呼び込むということをしたらどうだろうか。経験を積み重ねなめらかに“手振り”を操る証券マンの姿、人の手によって売りと買いが成立する市場(しじょう)ならぬ市場(いちば)の活気、きっと味わってみたい人々も多いと思う(少なくとも、私は見てみたいと思う)。これから株取引を始めてみようという層にも訴えかけるものがあるだろう。それを一つの呼び水として、証券市場が活性化へと繋がっていくことを期待したい。

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執筆者紹介

政策調査部

研究員 佐川 あぐり